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小説集

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#短編小説

雨宿り(ちくま800字文学賞応募作品)

雨宿り(ちくま800字文学賞応募作品)

「また雨が降ってきたなぁ」

 僕は、朝に雨が降っていないからと小学校に傘を持って行かなかった自分を恨んだ。慌てて学校近くのタバコ屋の軒先に飛び込んだ。雨は凌げたが、雨脚は強くなる一方で、どうして帰ろうか思案していた。

 そこに、スーツを着た男が鞄を傘代わりにしながら、軒先にやってきた。男も朝の天気に騙されたのだろうか? そう思うと僕は勝手にシンパシーを感じずにはいられなかった。

「どけよ、タ

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Nothing

Nothing

「悪いな、創志。今晩の宿まで世話になって。今度、金が入ったら、奢らせてくれよ」
「分かった。いつになるか分からないけど、それまで首長くして待ってるわ。それよりも、うちで飲み直さねえ? つまみ適当に作るからさあ」
「いいな、俺も飲みたいと思ってたから、『家だったら』って思ってたんだよな」
 こうして、冴えない中華料理屋を出た俺は相川創志の家に上がり込んだ。

「こんばんはー、エスエーでーす。みなさん

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『若者のすべて』が聞こえる

『若者のすべて』が聞こえる

”夏はあっという間に過ぎ去っていく。”

 俺は部屋の掃除をしていて、その一節から始まる高校時代の日記を見つけた。掃除しなきゃ、でも日記も気になるし……。結局、1日分だけということで日記を読み返すことにした。それにしても、クサい文体だ。そういえば、あの頃俺は小説家を目指してたんだっけ。新人賞には箸にも棒にも掛からず、社会人になる前に夢をあきらめたんだけども。

 ”日が暮れていくのも早いし、だんだ

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小説 最後のお弁当

小説 最後のお弁当

今日で弁当作りも最後か……

 私は台所に立ち、夜明け前の薄暗い空を窓から眺めた。予約設定していた炊飯器には炊きたてのご飯が出来上がっている。私は早速卵を割り、素早くかき混ぜる。夫は明太子が入った玉子焼きが好きなので、今日はそれを入れよう。

 こんな風にお弁当のおかずレシピを頭の中で、組み立てられるようになったのはいつの頃からだろうか。新婚当初は作れるおかずも少なくて、冷凍食品も気軽には買えなか

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小説 ありふれた罠②

小説 ありふれた罠②

 妻が出て行ってから、4日が過ぎた。そのうち、帰ってくるだろうと高を括っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。本当に1週間帰ってこないのだろうか?そんなことを考えていると、携帯の着信音が鳴った。ディスプレイには義父の名前が表示されている。

「もしもし、大輔君か?」
「もしもし、はいそうです。すみません、美咲がお世話になってます」
「いやいや、いいんだよ。それよりも今度の土曜日は空いてるか

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小説 ありふれた罠①

小説 ありふれた罠①

 今日も晴れているのがよく分かる。カーテンから漏れる光はとても眩しかった。私はベッドから体をよじらせて、起き上がる。カーテンを開けると、眩しい光は私を包み込んでくれるようだ。

 気分よくスマホをチェックすると、今までの明るい光は黒雲に遮られ、私の周りを闇が覆った。LINEにメッセージがあったのだ。メッセージの相手は私の夫である。

「チッ、またLINE来てたよ」

 思わず舌打ちをしてしまう。学

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