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聖なる夜の特別編:呪物サンタ。

「奴が来るぞ 奴が来る
 聖なる夜に 奴が来る
 真っ赤な帽子と鬼のお面

 奴が来るぞ 奴が来る
 聖なる夜に 奴が来る
 大きな袋と錆びた鋸

 奴が来るぞ 奴が来る
 人肉求めて 奴が来る」

 自覚出来るぐらい掠れた自分の声が、聖なる夜の所為で更に憂鬱に染まった街に漂う。
 それでも私は、歌い続ける。

「奴が来るぞ 奴が来る
 聖なる夜に 奴が来る
 真っ赤なお鼻と馴鹿のマスク

 奴が来るぞ 奴が来る
 聖なる夜に 奴が来る
 大きな角と死を捉える目

 奴が来るぞ 奴が来る
 人肉求めて 奴が来る」

 今年もやって来た。煌びやかな死臭漂う夜が。
「ねぇ、『馴鹿ガール』。どこ行くのって」
 背後から呑気な声が聞こえてくる。
「今年も『麻薬サンタ』に麻薬貰って、さっさと死肉探しちゃおうよ」
 心の内側を針で突かれるような痛みを覚え、下唇を噛む。もう、涙は出ない。
「ねぇってば」
 そんな私の気持ちも察せず、自分の好きなこと、やりたいことばかりを優先する相方に、少し苛立ちを覚えた。
 分かっている。これが理不尽な怒りではあることを。それに、私達にはやるべきことがあることも。
 だから、溢れ出る感情を奥歯で噛み殺し、どぶの臭いに鼻を慣らしながら、夜の湿った路地裏を進んでいる。
 ここは、都内で唯一年中湿度の高い街、「湿気の街」。聖夜だろうと関係なく、重たい憂鬱が住人を包む。そんな退廃的な街で、私達は喜びを届けている。
「もーう。変なのぉー」
 相方は諦めたような顔をすると、通常運転で私の後に続いた。
 彼女は赤い帽子とピンク色の鬼のお面を被り、真っ赤なワンピースを着た少女。大きな真っ白の布袋と錆びた鋸を持って、楽しそうに歩いている。
 この街の住人なら、相方のことを殆どの人が知っているだろう。彼女は、「死肉サンタガール」。聖夜、12月24日の日没後から同月25日直前までの数時間限定でそう呼ばれる。湿気の街にある孤児院の子供達の為に、彼女が肩にかけている袋に人肉を集める。勿論、食用で。大きな馴鹿のマスクを被った私は、馴鹿ガールとして死肉サンタガールのサポートをしている。
 わくわくしながら、孤児院の子供達がお腹を空かせて待っている。私が待つ側だった時も、元「死肉サンタ」が持って帰る人肉を妄想して、どれ程胸を踊らせたことか。それは分かっている。だけど、1年間で膨れ上がった抑えられない気持ちが、どうしても私自身を優先させようとしていた。そして、私の理性は、肥大化した負の感情に敗北したのだ。
 道の先に、大きな白色の建物に両側を挟まれた空間が見えてきた。この建物が元々何だったのかは知らない。精神病棟、刑務所、学校……と様々な噂はあるが、明らかになっていない。今は使われておらず、廃墟と化している。
 廃墟に挟まれた道を、2人で進んでいく。
「あれ、ここって……」
 後ろで死肉サンタガールが呟いた。
 薄汚れた壁、凸凹の配管、室外機に挟まれた路地裏を5メートル程歩く。
 そこには、それまで静かだった空間が嘘のように、人々が織りなす闇で汚れた世界が広がっている。
「いらっしゃーい!」
「安くしてるよぉっー!」
「1枚500円!」
「ここでしか手に入らない物! 今ならなんと、3万円!」
 活気のある呼び込みの声が、そこら中を飛び交っている。
 正体不明の液体で濡れた地面、とこどころから登る煙、飛び回る紫色の蝿、早足で逃げる黒色の鼠、頭上すれすれにある絡み合った電線、たまに垂れてくる水滴、強いアンモニア臭、外より湿った空気……。
 不衛生で迷路のように畝る路地には、ところ狭しと汚らしい店が並んでいる。
 ねちゃねちゃ、と汚らしい足音をさせながら、奥へと進んでいく。
 ここは、湿気の街の闇市区域。
 麻薬、裏ビデオ、人肉、絶滅危惧種の動物、銃器、呪物……。表の世界では手に入れることが難しい、様々な闇商品が当たり前のように販売されているエリア。
「何でここー?」
 死肉サンタガールの顔を見なくても、彼女の声を聞けば、にやにやした顔をしているのが容易に想像出来る。
「もしかしてぇー、ここで人肉を買っちゃうのぉー? ははーん。ぱぱっと買って、麻薬サンタのとこへ行こうって魂胆? お主も悪よのぉ」
「違います」
 死肉サンタガールの推理を一瞬で否定した。彼女が頬を膨らませているのも想像出来る。
「もー! 勿体付けないで教えてよ!」
 死肉サンタガールが私の右腕を両腕で掴んだと同時に、私は立ち止まった。
「ここです」
 私達の前に、1軒の店がある。店と言っても、机の上に商品を並べただけの簡素なものだが。
 2メートル程の木製の机に、四辺に花柄の刺繍が施された真っ白な布が敷かれている。その上に、お面や日本人形、動物のぬいぐるみ、手鏡、刃物等……雑貨のような物から玩具、武器まで様々な物が並べられている。全てに言えるのは、年代を重ねていそうな見た目ということ。
 こちらから見て、机の右側には電飾看板が置かれている。そこには白色の文字で「呪物サンタ」と縦に記されており、攻撃的な赤色の光を放っていた。
「へへへー。どーしたの? そんな可愛い顔して」
 机の後ろには、へらぁと緩く笑う二十代前半から中盤辺りの1人の女がいた。一目見て、誰もが美しいと思える見た目。掴んでいないと、ふらっとどこかへ消えてしまいそうな儚さを兼ね備えた、それがまた癖になってしまう質の悪い美女。
「ふふふー。迷える馴鹿ちゃんかな?」
 女は紫色のサンタ帽を被り、紫色のコートを着ていた。艶々の黒髪セミロングに、二重の垂れ目。黒縁の丸眼鏡をかけている。目の下に薄っすらとある隈は、彼女に妖しさと儚さを与えている。高い鼻、薄い唇が整った顔に、バランスよく配置されていた。
 何度見ても、どれだけ見ても、美しかった。どんなに頑張っても、私は彼女にとってなくてはならない存在にはなれないとは分かっていても、この人に尽くしたくなる。見た者を沼に嵌らせる、怪物のような存在。
 彼女は、呪物サンタ。
 12月24日20時から25日3時まで限定で、闇市区域で彼女が集めた呪物を無料でくれる。呪物を配るサンタクロース。普段は、このエリアで呪物屋、「縛」の店主をやっているらしい。
「へへへー」
 呪物サンタは大きな目を細めると、何かを察したように微笑んだ。
「誰を呪いたいの?」
「え、もしかして、私?」
 空気を読まず、後ろで死肉サンタガールが騒ぎ出した。
「そんな……仲いいじゃん。何か悪いことした!? いや、確かに今年に入ってからずっと不機嫌だななんて思ってたけどさ! 同じ孤児院の友達じゃん! 姉妹みたいな感じじゃん! そんな呪うだなんて言うのは……」
「麻薬サンタです」
 私は、呪物サンタの大きくて黒い瞳をまっすぐ見て言った。
「出会ったのは、去年のクリスマスイヴ。22時頃です。死肉サンタガール……彼女に連れられて、全ての店にシャッターが降りた地下商店街に行ったんです。そこに、ターコイズブルー色の光を見付けました。その妖しい色の光を放つ提灯の前に、彼はいたんです。椅子に座って、煙草と缶ビールを嗜んでいました。生気を感じない目、肩まで伸びたぼさぼさの黒髪、一重で眠そうな三白眼、目の下にある濃い隈、高い鼻、鼻の下と顎に生えた無精髭……。タイプでした。ど直球のタイプ。ヒモそうなイケオジが好物の私の心には、彼のいかにも駄目人間そうな顔が、まっすぐまっすぐ、それはもう深く深く深く深く深く突き刺さりました」
 自分でも驚くぐらい、すらすらと口から言葉が出てくる。鮮明に覚えているあの日の光景を、そのまま口から吐き出すように。
 それでも、呪物サンタは吸い込まれてしまいそうなぐらい綺麗な闇を宿した瞳で、私の話を聞いていた。
「麻薬サンタは、12月24日21時から25日4時まで限定で地下商店街に店を出すんです。彼の前にある机の上には、様々な麻薬が置かれていました。その中から1つだけ、好きな麻薬を無料でくれるんです。戸惑いつつも、私は『夜行飴』という飴玉の見た目をした麻薬を選びました。それを舐めると、『目の前に好きな人が現れて、その人にされたいことをしてもらえる感覚になる』らしいんです。麻薬サンタに勧められたので、夜行飴を噛み砕いて飲み込んでみました。そしたら、目の前に、麻薬サンタが立っていました。冷たい三白眼で私を見下ろしている……。それはもう……ぞくぞくするぐらい官能的な瞳で……もう、もう本当に堪らなくて……。その後、麻薬サンタにされたことは……ふふふ、言えません。ふふふふふ、2人だけの秘密です。秘密なんです」
 あの夜のことを、何度思い出したことか。その度、どれだけ股の辺りがむずむずしたことか。
「馴鹿ガール、あれは現実じゃ……」
 心配そうに何かを言おうとした死肉サンタガールの言葉を遮るように、私は続けた。
「夜行飴が見せた幻覚だと思われるかもしれませんが、あれは……あの秘密の出来事は、絶対に本物の麻薬サンタが私にしたことなんです。きっと、私がちょろそうな女だったから、私を騙して、あんなことをしたんだと思います。本当に意地の悪い人。都合のいい時だけ、私に甘えちゃって。本当に駄目男。ヒモで女誑しで金遣いは荒いけど、最終的には目をうるうるさせて私の元へ戻ってくるわんちゃんみたい。可愛い可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
 2人で過ごしたあの数分間を思い出す度、耳と頬が熱くなり、心が満たされる。
「私は思いました。麻薬サンタはきっと、神様が私に与えてくださった、クリスマスプレゼントなんじゃないかって」
 同時に、今年1年間のことを思い出し、胸が締め付けられる。
「……駄目男にもルールがあると思うんです。麻薬サンタは、去年のクリスマスイヴ以降、私の元へ顔を出しませんでした。あの時、初めて会ったから、私の住所が分からずに困ってるんだと思って、暇さえあれば彼のことを捜しました。初めて会った地下商店街、多く麻薬が流通している闇市区域、ラブホ区域、居酒屋区域、路地裏……彼が行くと思われる場所も、そうでない場所も……色んなところへ行きました。彼が好きそうな煙草とお酒を持って。でも、見付けることは出来ませんでした。毎日、私に会って欲しいなんて……そんな重たい女みたいなことは望んでいません。きっと、彼のような人間には、好きな人とか、大切な人とか、心から大事にしたいと思える相手はいませんから。欲望を満たしてくれる人へ、場所へ、転々としてるんだろうと思います。でも……駄目男なりの最低限のルールはあると思うんです。1ヶ月に1回、いや、3ヶ月に1回でもいい。欲望を満たしてくれる人や、場所へ、偽りの愛を伝えに行くべきなんです。だって、そうでしょう? 嘘と分かる愛でも伝えに行かないと、欲を満たしてあげる側は愛想を尽かしてしまいます。愛から、憎しみへと変わってしまう」
「ふふふー」
 呪物サンタが緩く微笑み、私は我に返った。
 ついつい、いらないことまで喋ってしまった。この1年間で身体中に溜まった負の感情を、全て吐き出すかのように。
 それでも、呪物サンタは儚い笑みで、私に言葉を投げかける。
「その憎たらしい駄目男を、どう呪いたいのかな? 馴鹿ちゃん」
 呪物サンタの真っ黒で大きな瞳に吸い込まれそうになりながら、私は囁くように言った。
「……私のことを想って、苦しんで欲しいです」
 駄目男が好きだと言ったけど、実際に好きな男を見付けたら、愛して欲しいと思った。駄目男に遊ばれたいという欲求と、愛を求める強い思いが、同時に湧き起こった。
「へへへー。これ、使っちゃおっか」
 呪物サンタが机から手に取ったのは、古びた槌だった。殴る部分が赤黒く染まった、禍々しい凶器。
「それは……何ですか」
「ふふふー」
 呪物サンタは愛おしそうに槌の頭を撫でながら、私の質問に答えた。
「穢れると書いて、『あい』と読む、可愛い名前の子なの。『穢(あい)』はね、腐って穢れたものになってしまった愛を救う、弱き者の味方なの」
 呪物サンタの説明を受けているうちに、彼女の左手に握られた呪物の槌、穢が段々と救世主のように思えてきた。
「へへへー。メリークリスマス。これを、馴鹿ちゃんにあげちゃうね」
 呪物サンタが差し出した穢を、私は両手で受け取った。
 見た目の大きさから想像していた重さよりも、重量を感じた。その分、本物の呪いが込められているような気がした。
「……どうやって、使うんですか?」
 実際に誰かを呪おうとすると、緊張と不安が心を覆う。
「ふふふー」
 呪物サンタは私の気持ちを察してか、初めて目を細めて微笑んだ。
「見せてあげよっか」
 彼女の左手にも、穢が握られていた。
「へへへー。これも穢と同じ呪いがかけられた槌。穢にはね、藁人形も釘も必要ないの。用意するのは、呪いたい相手の愛おしい心臓を想像する力」
 呪物サンタは机に置かれている呪物を周辺へどかし、直径20センチ程のスペースを作った。
「ふふふー。目の前に、相手の心臓が置かれているの。どくんどくんと激しく脈打っている。私を苦しめたのにも関わらず、呑気に生きているなんて許さない。あなたも苦しめ。私に会いたくて苦しめ。今、誰と何をしているの? 何で会ってくれないの? あなたの心に私はいるの? 食事が喉を通らず、寝ようとすると胸が痛くなる。泣いていたら、いつの間にか陽が登って、またあなたのことを想って苦しむ1日が始まる。許さない。許さない。許さない」
 まるで呪物サンタの視線の先に心臓があるかのように、彼女は先程空けたスペースに低い声で語りかけた。
 一体、誰の心臓が置いてあるのだろう。誰もが手に入れたいと思うぐらい美しい彼女にも、愛おしくて憎い相手がいるのだろうか。
「へへへー」
 呪物サンタは、勢いよく穢を振り上げる。
「許さない!」
 そして、穢の殴る部分を机の上に振り下ろした。
 がんっ。
 固い物と固い物がぶつかる音が、辺りに響く。
 一瞬、騒がしい闇市区域が静まり返った。
「ふふふー。こんな感じ。簡単でしょ?」
 呪物サンタは私を見ると、闇と美が入り混じった笑みを私に向けた。その笑顔は儚くもあり、官能的でもあった。
 私は頷くと、地面に両膝をついた。そして、泥濘んだ地面に、麻薬サンタの心臓を思い浮かべる。
 去年のクリスマスイヴ。私を欲を満たす対象にしたあなたは、希望だけ与えて私を捨てた。私はあなたの玩具になりたい。なりたいのに、あなたは……いや、違う。玩具になりたいとか言っておきながら、実際は愛を求めて、それなのに、3ヶ月に1回でもいいから会って欲しいとか矛盾してることを望んで。私がおかしいのか。そうだ。私がおかしい。でも、
「私をおかしくさせたのは、あなた!」
 私は呪物サンタのように、右手に握った穢を振り上げた。
「へへへー。その調子」
 呪物サンタの色気のある声が、ぐじゅぐじゅに傷付いた私の心を包み込む。
「ふふふー。1回心臓を打つ毎に、あなたに会いたいという苦しみが、駄目男の心の中で増えていくの。あなたの精力と引き換えに」
 本望だ。
 私はどくどくと脈打つ汚らしい心臓へ向けて、穢を振り下ろした。
 んちゃっ。
 穢が心臓を潰すのが見えた。ただの思い込みではなく、実際にこの目で確認出来た。鼠を踏み潰したような感触もあった。
 ぞくぞくぞくっ、と背中に鳥肌が立った。
 気持ちがよかった。体内を蠢く希死念慮が少し減った気がした。
「許さない!」
 その後は無我夢中に穢を振り上げ、振り下ろした。
「許さない!」
 私と麻薬サンタの秘密の行為。夜行飴を噛んだ私の耳を、彼はいやらしく舐め回した。耳の穴を孕ませたい生き物のように、耳の外側から内側へ、ぬらりべろりと。あの日の麻薬サンタの余裕そうな顔を思い浮かべると、右手は止まらなかった。馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって。
「許さない!」
 穢を振り下ろす度、心臓が血を吹き出し、ぐちゃぐちゃになっていく。
「許さない!」
 血液の温度さえ、私の局部をむずむずさせる。そんな麻薬サンタのことを心から、
「許さない!」
 荒い息を吐き出しながら、私は右手を止めた。両手をだらんと垂らし、心臓だった物を眺める。
 すると、生温かい液体が両頬を伝った。
 叫んで傷んだ喉から、私の掠れた声が漏れた。
「……馬鹿みたい」
 ……それでも、やっぱり好きなんだ、私。
 突然、私の身体を温かい何かが包んだ。
「ふふふー。お疲れ様、馴鹿ちゃん」
 呪物サンタが私を抱き締めていた。
「へへへー。あなたはもう十分苦しんだの。これからは、あなたを苦しめた男が苦しむ番。今頃、あなたに会いたくて悶え苦しんでいるよ」
 彼女の儚い囁き声が、更に涙を誘発した。顔中から噴き出す体液が、呪物サンタが着ているコートに吸い込まれていく。
「ふふふー。今のあなたに与えられた選択肢は2つ。駄目男に会いに行くか、会わずにあなたの味わった地獄を追体験させるか。……さぁ、どうする?」
 この1年間、私は麻薬サンタに会いたくて会いたくて、毎日が地獄だった。ご飯を食べている時も、風呂に入っている時も、寝ようとする時も、ずっと彼が私の心の中で煙草と缶ビールを嗜んでいた。時間が経つにつれ、麻薬サンタの存在は忘れるどころか、太い釣り針のように深く深く心臓に突き刺さて離れなかった。
 何度も吐いた。何度も泣いた。何度も寝ずに夜を明かした。
 あの拷問のような苦しみを、麻薬サンタに……。
「会いに行きます」
 口が勝手に動いていた。やられたから、やり返す。苦しめられたから、復讐をしたい。もう、そんな次元の話ではなかった。麻薬サンタに会った時点で、私の心は壊されていたんだ。正しい。正しくない。ムカつく。やり返したい。そんなことより、麻薬サンタに会いたい。会って、1年間の空白を埋めるように、お互いを求め合いたい。穢の影響で、彼が私に会いたくて苦しんでいるのなら、尚更好都合だ。
「馴鹿ガール、大丈夫?」
 心配をする死肉サンタガールを無視して、私は立ち上がった。
 心臓を締め付けていた苦しみは、もうどこかに消えていた。それどころか、初めて麻薬サンタに会った時のように、とぅくんとぅくんとリズミカルに心臓が脈打っている。
 先程まで私が跪いていたところを見ても、ぐちゃぐちゃになった心臓は、どこにも見当たらなかった。
「行きましょう、死肉サンタガール」
 私は右手で穢をしっかりと握って、呪物サンタに背を向けた。
「ふふふー。頑張ってね。行ってらっしゃーい」
 呪物サンタに見送られながら、右足を踏み出そうとした時、
「ねぇ」
 死肉サンタガールが、私の右手首を掴んだ。
「君、そんなに猫背だったっけ?」


【登場した湿気の街の住人】

・馴鹿ガール
・死肉サンタガール
・呪物サンタ


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