雪かきと、善意の小路【90分くらいで書いた短編小説】
「こちらお釣りと、レシートになります」
「どうも、ありがとうございました」
店員さんに軽く頭を下げ、先に会計を済ませていた一平に「待たせたね」と声をかける。
「ありがとうございましたー」
二人そろってコンビニを出、二人並んで歩道を歩く。道の端には、昨晩降った雪が積み上げられていた。レジ袋から購入したばかりのピザまんを取り出しながら、一平はニヤニヤとした表情で僕に話しかけてくる。
「お前、やたらペコペコしてたな」
「何が?」
「さっき。店員に頭下げてただろ?」
「頭を下げたというか……普通にお礼を言っただけだよ」
言いながら、僕も左腕に提げたレジ袋から肉まんを取り出し、熱いうちに一口ほおばる。
「イイ人だね~。でもそういや、良仁ってそういう奴だよな。昔から」
「良い人っていうか、普通だよ」
「かぁ、良仁サマは俺ができないこともフツウにできちゃいます、ってか?」
「そんなこと言ってないよ」
だから疎遠になっていたのだ、とその時ようやく思い出した。こちらの何気ない発言の裏にありもしない悪意を見出して、名探偵にでもなったような得意げな顔でその真実を暴く。こういうところがいまいち好きになれなくて、クラスが分かれたこともあり徐々に話さなくなっていったのだ。下校中、たまたま後姿を見かけたからって声をかけるんじゃなかった。
「店員に対して何も言わなかった俺のこと、クズだって思ってるんだろ」
「まさか」
「でも残念! 俺はそういう非合理的なことはしないんでね」
何が「残念」なのだろう。何と戦っているのだろう。一平は喋りながらも器用にピザまんを平らげていく。
「俺はモンスタークレーマーじゃないし、金払ってるから何してもいいとか思ってるわけじゃないけどさ、無駄だろ、普通に考えて。お前に何のメリットがあったんだよ。いい加減ああいう非生産的なことはやめようぜ、俺たちもう高二だろ?」
「あはは……」
メリットはともかく、あの行動に何のデメリットがあったというのだろう。僕にとって、そして、こいつにとって。一平が長々と喋っているうちに肉まんを半分ほど片付けた僕は、曖昧に笑って誤魔化した。
「俺はああいうことはしないし、されたいとも思わない。コッチからは何もしない代わりに、何も求めない。それが俺のスタンスなんでね」
最後の一口を飲み込んで、一平は続けた。
「……だからお前、もう話しかけてくんな。うんざりなんだよ、お前のイイ人ゴッコに付き合うの」
「どういう意味?」
「今日だって、一人寂しく下校する俺を憐れんで、声をかけてくださったんだろ? うざいんだよそういうの、昔から嫌いだった」
……なるほど。店員云々の話は前振りで、彼が本当に言いたかったのはこのことだったのか。今までも、一平は僕の行動に傷つき続けていたのかもしれない。ようやくクラスが分かれて、安心していたのかもしれない。
「俺は誰にも優しくしない代わりに、誰の親切も受けねぇの」
そういって、一平はビニール袋に手を突っ込み、
「これで、今日お前が声かけてきた分は貸し借りナシな」
と、さっきコンビニで買ったチョコ菓子を投げ渡してきた。そういう事情なら受け取りたくなかったが、落とすわけにもいかず慌ててキャッチする。
「じゃあな、偽善者サマ」
それだけ言って、一平は歩みを速める。一平とは家が近く、帰り道がほとんど同じなので、僕を振り切ることにしたのだろう。
一平は、一平なりの価値観で筋を通した。それが彼のポリシーなら、僕がどうこう言う話でもないのかもしれない。……それでも、僕は小走りで一平に追いついた。
「何お前、話聞いてた?」
「……この道」
「あ?」
一平が怪訝そうに僕を見る。
「この道、誰が雪かきしてくれたのか知ってる?」
「は? 知らないけど」
「だよね、僕も知らない」
「ねえ何の話? 俺さっさと帰りたいんだけど」
「一平はこの道を一歩進むごとに、誰かの親切を受けていることになるね」
「……は?」
一平の理屈には大きな穴があった。この人間社会で生きていく以上、人は人の優しさから逃れられないのだ。雪かきされた歩道、誰かが飲み込んだ言葉、一円の給料もでない「ありがとうございました」。そういう不可視で不可避な優しさの上に、僕らは立っている。
「自分では筋通してるつもりかもしれないけどさ、矛盾だらけだよ、一平」
「……んなこといいにきたの、クソ偽善者」
「や、それもあるけど」
僕はビニール袋からポテチを取り出し、一平がそうしたように高く放り投げる。一平がそれを受け取ったのを確認し、
「じゃあな一平、また明日!」
そういって一平を追い越し、僕は雪かきされた歩道を走り出した。
誰かの親切の上で胡坐をかきながら「自分は誰の施しも受けない」とふんぞり返る一平。一平を、あるいは他の誰かを傷つけているかもしれないと知りながら、それでも身勝手に手を伸ばし続ける僕。案外、矛盾だらけだ。あいつも、僕も。
僕はそれでも信念を貫き通すと決めたが、一平はこの矛盾と、どう向き合うのだろう。明日会った時にでも声をかけて、聞いてみようと思った。
夏が始まろうとしているのになぜ冬の話を書いた?(A.思い浮かんじゃったから)
宣伝のこーなー
やっと新曲出せたので。