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アイスクリームと脱走者/48


48.決断したんだよ

「千尋、もう帰る? きみちゃん行かない? 彩夏も」

 カウンターにいた波多は、のんびり話し込むわたしたちに痺れを切らしたようだった。

「わたしはおまけ?」

 彩夏が口を尖らせると、「オマケだよ、おまけ」と波多が冗談交じりに言い、まわりから笑いが起こる。波多を含め、カウンターには四人居残っていた。

「店長も行きましょうよ」

 カウンターの一人が言ったのは、店長の財布を当てにしてだ。

「悪いな。今から隆也とオフショア行くんだ」

 ブーイングが起こり、仕方ねえなあと、店長はさほど嫌な顔もせず財布を取り出す。

「何人行くんだよ。手ぇあげろ」

 全員かよ、と呆れたように言いながら、店長は千円札を三枚彩夏に渡した。ありがとうございますと、彩夏は浮かれた足取りでカウンターに駆け寄っていった。軍資金ゲット、と騒ぐカウンターをよそに、わたしは帰り支度をする店長に声をかける。

「美月さん、今日はさっさと帰っちゃいましたね」

 いつも最後までいる美月さんは、今夜はレジ締めもせず「ごめん、お先」と、慌てた様子で帰っていった。

「俺がそうしろって言ったんだよ。啓吾君のところが忙しいらしくて。年内で店閉めるって告知したもんだから、常連が連日顔出して、てんてこ舞いなんだってさ」

「そういえば、みっちゃんの件はどうなったんですか?」

 わたしの言葉を待っていたように、店長はニヤリと笑う。

「ヒカル、啓吾君の店にいるはずだぞ。昨日からあの店で働いてるから」

 え、とフリーズしたわたしの反応を、店長は楽しんでいるようだった。

「どういうことですか。happy icecreamは閉店じゃないんですか?」

「ヒカルが看板を引き継ぐんだ」
 
 嬉しさと心配とがごちゃまぜになったような、複雑な顔を店長はした。

「千尋も、年明けにでも顔出してやって」まるで父親のように言う。

「みっちゃん、大丈夫なんですか?」

「まあ、あいつ次第だ。居抜きだし、啓吾君が権利金諸々ずいぶん安く抑えてくれたみたいだから、とりあえず開業はできる。両親も意外に協力的なんだ」

 喋り続ける店長は、大丈夫だと自分自身に言い聞かせているようにも見える。

「ヒカルはクリスマスまでバーニーで働いてたし、名義の変更や他の手続きは年明けになる。年が明けたら新生happy icecream」

 決断したんだよヒカルは、と店長は憂いを払うように強い口調で言った。

「みんな、すごい。みっちゃんも、彩夏も。わたしは全部中途半端」

「千尋は完璧を求めるからダメなんだよ。始めるときはみんな中途半端だ。ヒカルだってそうだよ」

 今度売上貢献に連れてってやる、と店長は財布を振ってみせる。

 ウズウズと居ても立ってもいられない衝動が胸にある。一歩踏み出そうとあげた足を、どこに降ろすか迷っている。そんな感覚だった。

 店長が「ほら、千尋」と顎を動かす。

「早く行ってやれ。おつかれさん」

 振り返ると、店にいるのは波多だけになっていた。みんな、先にきみちゃんに向かったようだ。

 波多がスマホから顔を上げた。

「千尋、もういい?」

 わたしがうなずく前に「早く行け」と店長が言う。「お先です」と、急ぎ足に裏口を出たけれど、扉を閉めるとどちらともなく歩調を緩めた。


次回/49.やっぱり似てなかった

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長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。

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