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アイスクリームと脱走者/49


49.やっぱり似てなかった

「波多も先に行ってて良かったのに」

「帰り千尋に送ってもらうのに、俺だけさっさと飯食うのも悪いだろ」

 約束を確認するように、波多はわたしの顔をのぞき込む。

 来るとき姉貴に送ってもらったから、帰りの足がないんだ。千尋送ってくんない? いいよ。そんなやりとりはもう何度目になるだろう。
 
「俺も連れてってもらえるのかな、ヒカルさんの店」

 波多はあまり期待していないような口振りだった。

「波多、気になる? みっちゃんの店」

 同い年だしな、と波多は真面目な顔で答える。

「行きたいよね。美月さんや、啓吾さんや、彩夏や圭も一緒に」

「圭も?」

 嫌なの? と問うと、別に、と返ってくる。奏さんの名前は出なかったな、と波多はついでのように言った。

「奏さんもいたらおもしろいね。なんか、おかしな化学反応起きそう」

「じゃあ、ヒロセさんは?」

 つい立ち止まってしまい、波多も足を止めた。ちょうど横断歩道の手前で、点滅しつづける深夜の赤信号が波多の顔を照らしている。

「ヒロセさんは、いい。もう失恋してるから」

 波多の表情が揺らいで、彼は「ごめん」とうつむいた。

「千尋、happy icecrem行ったときのこと、覚えてる?」

「酔っ払って寝ちゃったのは覚えてる。そのあとは記憶にないんだ」

 そっか、と波多は息を吐いた。躊躇いがちに彼は何か言おうとして、わたしは焦りを覚える。

「波多、みんな待ってるから行こ」

 先に横断歩道を渡ろうとしたら、グイと腕を引かれ、わたしはその勢いで彼にもたれかかっていた。「ごめん」と体を離すけれど、波多の手はわたしを掴んだままでいる。

「千尋は、もうヒロセさんのこと好きじゃないの?」

「よくわかんない。ただ憧れてただけかもしんないし」

「今は? 千尋は、誰か好きなやついる?」

 いないよ、と答えると、波多は「そっか」と息を吐く。千尋って何気にモテるよな、と彼が言ったので、わたしは笑ってしまった。

「波多、へんな勘違いしてる。モテないよ、全然」

「奏さんといい雰囲気だったって聞いたし、圭とは仲良いだろ。学祭のときに見かけたの、なんかそういう雰囲気だったから」

「そういう雰囲気も何もないよ。圭は友だちだもん」

「友だちって、手繋いで話するもんなの?」

 遠くに車のヘッドライトが見え、波多はわたしの手を掴んで車道を小走りに横切った。道路を渡りきると、彼は指を絡めて手を繋ぎなおす。

「友だちでも、手、繋いで話してるじゃん」

 わたしが言うと、そうだな、と小さな声が聞こえた。自動販売機の前に来たときに波多は手を離し、何も喋らないまま二人で暖簾をくぐった。

 テーブル席は埋まっていて、先に来ていた四人はカウンターに横並びになっている。ラーメンを啜っているのは彩夏だけで、他の三人は唐揚げと格闘していた。

 カウンターの手前にひとつ席があり、奥の彩夏の横には空になったラーメンの器があるが、客はいないようだった。

「千尋、俺こっちに座るからあっちでいい? きみちゃん、唐揚げラーメンひとつ」

「あいよ」

 波多は何もなかったみたいに隣の人と話しはじめる。わたしは急に緊張が解けて、椅子に座るなりため息が漏れた。

「千尋、遅かったじゃん」

 何か進展あった、と彩夏が耳元で声をひそめて言う。

「何もないよ。すいません、チャーシュー麺ひとつ下さい」

 ホントかなあ、と笑いながら、彩夏が麺をすする。スマホを取り出してメールチェックをしていると、彩夏がチャーシューにかぶりついたままわたしを見た。

「ひひろ、ふまほひゃめたほうはいいよ」

「彩夏、日本語喋って」

「千尋、スマホはやめたほうがいいよ。誰からかかってくるか分かんないから」

 彩夏がからかってくるくらい、ヒロセさんの電話の件は過去のことになっている。わたしがその話をしたとき、「店長に感謝だね」と彩夏は安堵の表情を浮かべていた。

「彩夏」

 呼びかけると、彼女は口に持っていこうとしていたレンゲを止めてわたしを見る。

「あのね、高校のときに仲の良かったユカって子がいて、なんとなく彩夏に似てる気がしてたんだけど、やっぱり似てなかった」

 彩夏はスープを啜って「ふうん」首をかしげた。

「それ、波多のこと好きだったって子?」

 なにげない彩夏の言葉が、伝言ゲームのように波多まで伝わっていった。そういえば、ミサトブス事件の話をした時にユカの名前も出した気がする。

「千尋、変な噂流すなよ」

 波多が背を反らしてこちらを見ていた。わたしは両手を合わせて謝ったけれど、波多への尋問は続いている。彩夏の「ご愁傷様」という声は店内の喧騒にあっけなく埋もれた。

「千尋、急になんでそんな話?」

 彩夏は頬杖をつき、わたしにも尋問が行われるようだった。

「なんとなく、彩夏とは卒業しても連絡とるかなって。ユカにはできなかったから」

 真面目に答えると、彩夏はわたしの頬を両手でギュッとはさんだ。

「千尋はかわいいなー」

 ねえ、とみんなに見せびらかすように彩夏は言ったけれど、絶対変顔だったはずだ。


次回/50.ノリでしちゃった告白だから

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長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。

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