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アイスクリームと脱走者/50


50.ノリでしちゃった告白だから

 一人遅れてラーメンを食べ終わったころ、波多がスマホを手に外に出ていくのが見えた。

 それぞれ精算して席を立ち、わたしが一番最後に店から出ると、「ミサト」と波多が手招きする。通話中らしいスマホを差し出し、「ユカから」と彼は言った。

「ミサトに代わってって」

 まわりが「ユカ」という言葉に食いつき、わたしは盛り上がる彼らから距離をおいて「もしもし」と話しかけた。緊張で声が震えた。

「ミサト。久しぶりー」

 はしゃいだ声のユカも、緊張しているのかもしれない。

 みんなが車道を渡り始め、焦って駆け出そうとすると、波多が「あぶね」と袖を引く。二人取り残され、目の前を車が通り過ぎた。彼は左右を確認し、わたしの背中に腕をまわす。そのあいだも、わたしはユカと他愛ないやりとりをしていた。

 道を渡りながら、ふと気づくと雪が舞いはじめている。空を見上げると、隣で波多も同じように上を向いていた。

「ミサト、波多と一緒にいるんでしょ。高校のときからは想像できないね」

 波多の温もりを感じる。それがユカに対する裏切りのように思え、波多に先に行くよう手振りで促した。波多はわたしの数歩先を、いちいち振り返りながら歩いて行く。

「バイト先の人たちとラーメン食べてた。ユカの方が仲いいじゃん。こうやって連絡取ってるんだし、付き合いも長いし」

 聞き耳を立てていたのか、波多が「何の話だよ」とでも言いたそうな目でこちらを見た。ユカは「波多って相変わらずだよね」などと喋り続け、わたしは短く相づちをうつ。

 思い返せば高校の頃も彼女の話を聞いている方が多く、どうして彩夏と似ていると思ったのか不思議だ。

 うまし家の駐車場に戻ると、彩夏が裏口のところで待っていた。わたしが通話中だからか、彼女は「おやすみ」と口の形を作って手を振る。わたしは「ちょっと待って」と慌てて通話口を塞いだ。

「彩夏、気をつけてね。よいお年を」

 十メートルくらい先に行ってしまった彩夏に叫び、大きく手を振った。

「四日には帰ってくるからー。初詣行こうねー」

 彩夏は両手でメガホンを作り、そのまま雪の中を駆けていった。わたしは「おまたせ」とスマホに向かって言い、波多と一緒に自分の車へ向かった。

「そっちはもうお開き?」

 こちらのやり取りが漏れ聞こえていたのか、ユカが言う。

「うん、今から帰るところ」

 わたしが答えると、「じゃあ、ミサトの電話にかけなおす」とユカは一方的に電話を切った。わたしと波多が一緒に帰るなんて考えもしない。沈黙したスマホを波多に返すと、すぐにわたしのスマホが鳴った。

「あのね、ミサト。同窓会の前に言っておこうかと思って」

 勢い余った言葉を押しとどめるような、ひと呼吸分の息遣いが聞こえた。

「波多、そこにいる?」

 わたしはつい「もう帰っちゃったよ」と嘘をついた。足を止めると、波多は気付かないまま数歩先まで行き、ふと立ち止まってわたしを見る。文句でも言いたげな顔で口を開こうするので、わたしは「シッ」と人差し指をたてた。

「あのね」とユカの声が聞こえる。

「ミサト、卒業式の打ち上げ来なかったから知らないと思うんだけど。わたし、そのとき波多にフラれたんだ。みんなの前でノリでしちゃった告白だから、波多もみんなも冗談だと思ってるんだけど」

「えっ」

 声を漏らし、慌てて口に手をあてた。暗闇の中ぼんやりと立ち尽くす波多は、首をかしげてこちらを見ている。ユカは喋り続けていた。
 
「波多のこと今でも好きかって言われたら、正直ずっと会ってないからよく分かんない。でも、彼氏いるわけじゃないし、波多もいないし。電話で話してるとやっぱりいいなって思うんだ。遠恋になっちゃうけどもう一回がんばろうかなって」

 ユカは早口にまくし立て、わたしは黙ってそれを聞いていた。ユカの告白が目の前の波多に伝わることはなく、わたしは罪悪感をおぼえて波多から目をそらした。

「なんてね」とおどけた声が聞こえた。今さらだよね、と続く。フフッと耳に届いた吐息は、ため息なのか笑い声なのかわからなかった。

「ミサトが波多のこと好きなら、諦める。協力してもいいよ」

「え、ない、ないよ。それは」

 狭い路地にわたしの声が響いた。
 
「本当? まいっか。会ったら絶対分かるもん。ミサト分かりやすいから」

「そうかな」

「そうだよ」

 ユカは確信に満ちた声で言い、じゃあ同窓会で、と電話を切った。最初の緊張は話しているあいだにほどけ、ユカは高校の時と変わらないように思えた。


次回/51.「だから」

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長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。

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