短編小説『羊のルンバ』全文無料
§1 日高さんの鳴らす足踏みミシンの音は雨のようだ。雨の日に、一両列車の窓際にひとり座って、ぼんやり海をながめているみたいな。少し癖のあるリズムは、去年の地震のときに痛めた左足のせい。普通に歩いているけれど、足首が疼くと決まって雨が降るという。
「小苗ちゃん、今夜泊ってく?」
手元で流れてゆく布地に目を向けたまま、日高さんがハスキーボイスで聞いてくる。黄砂の季節は喉をやられるらしい。数枚の古着を預かってパッチワークでリメイクするのが日高さんの仕事。避難所からこの家に戻った