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数年前に起きたM県O町採石場での崩落事故は局所的な大雨が原因だった。当時土砂災害警戒警…
夕飯の準備をしていたサヨは、恐る恐るトマトの断面に顔を近づけ、小さな悲鳴とともに仰け反…
雨の日の選ばないという選択 窓の外にはさらさらと雨が降っていた。 軒先の紫陽花を、ライ…
本棚に『煙草と惡魔』がある。芥川龍之介の短編小説だ。 函付きで、パラフィン紙がかけら…
りんりんりん あの時はね、怖いっていうよりも、ああやっと解放されるって思ったのよ。 隣…
波音とエンジン音 「……しょっぱっ」 そう言って口元を拭う僕を、彼女はクスクスと笑いな…
空気が水だったら、ゆるゆると流れる時間が肌に生々しく感じられるだろうか。ふいと顔を動かすだけで直に抵抗を感じられたら、私は生きていると実感できるだろうか。 七月になった。梅雨の空気はじっとりと重く、私のまわりの時間は停滞している。停滞したまま淀んだ息をまとって六月と変わらぬ生活を送っている。 近所のイオンの店先で、百合が濃密な匂いを放っていた。六分ほど開き、その真っ白な花びらの合間からのぞく雄しべをむりしとってしまいたい衝動に駆られる。野菜売り場にはスイカが売られて
悟がくしゃみをした。厚手のカーディガンを着ているし、風邪かもしれない。 「のど飴いるか…
共食い金魚 ぬるく、ゆるやかに対流する閉じた世界。水のなかで食いちぎられた尾びれを揺らし…
彩「色は捨てたのですか」と問うと、女はわずかに口元に笑みを浮かべた。 「捨てた? 捨てる…
たまごが先 チュンチュン。 朝めざめるとスズメの鳴き声が聞こえた。頭がズキズキと痛む…
境目というのは案外はっきりと見えるものなのかもしれません。 海岸沿いに車を走らせ、展…
――新年。 物音がしてふと目を覚ますと、さらされた頬がひやりと澄んだ空気を感じた。 …
石垣と溝にはさまれた細い坂道を登り、雨樋にぶつけないようにハンドルを切った。母屋の縁はカーテンが引かれ、しんと静まっている。それはいつものことで、僕は特に気にとめるでもなく車を庭先に停めた。 昔ながらの日本家屋は半身が不自由になった祖父には不便が多く、長屋の半分を改装してバリアフリーの住居にしたのはもう十年も前のことだ。その祖父もすでに亡くなり、長屋の玄関脇の手摺には手拭いが何枚か干してある。玄関は網戸にして開け放たれていて、中は薄暗く人の気配はなかった。カラリとその網戸