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アイスクリームと脱走者/13


13.アウティング?

 大学の正門に着いたときには、どんよりした雲が空一面に広がっていた。

 スマホを見るとまだ約束まで三十分ほど時間がある。仕方なく一人でブラブラしようと考えていたら、後ろから「千尋ちゃん」と呼ばれた。

「……美月さん?」

「なに?」

「雰囲気違うから」

「そうね」と彼女は微笑んだ。

 いつもは黒髪をゴムで束ね、グレーのパンツに白シャツ、ニットカーディガン。目の前の美月さんはカラフルな刺繍がされたブラウスに、大胆な配色のロングスカートをはいていた。コートをはおって帽子をかぶり、おろした髪が風に揺れている。

「変じゃないでしょ。部屋着みたいなものだけど」

「部屋着?」

「中はね。ユルっとして楽チンなの。帽子は同居人から借りた」

 帽子のつばをチョンと指で上げ、「ところで」と彼女は続ける。

「生協前の広場に行きたいんだけど、どっち?  私の作品を売ってもらってるの。フリマやってるスペースって聞いたんだけど」

「美月さんの作品?」

「まあね」

 驚きの連続だった。誰の隣にいるのか、不思議な気分で並んで歩き、広場へ向かった。
 
「クリエイター仲間四人で一軒家をシェアしてるの。市内のギャラリーで企画展したりしてる。私たちの他にも何人か誘って。そのつながりで、大学祭の誘いがあったんだ」

 これこれ、と美月さんは自分のはいているスカートを広げて見せ、「その子が作ったの」と自慢するように言う。そして愛おしそうに生地をなでた。

「美月さん、いつもこういうカッコして来たらいいのに」

「この格好はクリエイターの私。いつもの格好はうまし家の私。家を出るときの気持ちの問題ね」

「このあと仕事じゃないんですか?」

「遅出にしてもらったけど、いったん家に帰って着替えてく」

「面倒ですよ」わたしが言うと、美月さんは「そうしたいだけ」と微笑んだ。

 通りにはテント張りの店が連なり、奇抜な格好の客引きが声をあげている。しだいに混雑もひどくなり、生協前広場は人でごった返していた。

「大学生ってこんなにいるの?」

 美月さんは感心したようにあたりを見回している。

「目印聞いとけばよかったなあ」

 のんびりした口調で、それも店での美月さんとはずいぶん違う印象だった。わたしはつい香ばしい匂いにつられ、食べ物の屋台に目が行ってしまう。

「美月、こっち」

 声のした方を振り返り、美月さんは「あ、いた」と手を振った。茶色いテントと、手を振る男性が見える。奥には背の高い女性と小柄な女性。親しげな三人の様子に、ふと足が鈍った。ついて行ってもいいのだろうか。

「千尋ちゃんこっち」

 美月さんが手招きをして、わたしは彼らに合流した。

「見て。これ、私の作ったカワイイ子たち」

 行儀よく並んでいる小さなテディベアをひとつ手に取り、美月さんはわたしの手のひらにのせた。キラキラしたビーズと細かい刺繍で飾られた服を着て、本体の生地にも模様がある、オリエンタルな雰囲気のクマだった。首の後ろに金具がついて、キーホルダーになっている。

「カワイイ。美月さんっぽくないけど、美月さんぽい」

 美月さんは「意味わからない」と言いながら嬉しそうに口元をほころばせた。

 男の人は啓吾と名乗った。彼と、背の高い愛莉さんとが美月さんの同居人。小柄な友花さんは啓吾さんの後輩で、この大学の三年生らしかった。美月さんのスカートは友花さんの作ったものだそうだ。

「千尋ちゃん、これも私が作ったの」

 友花さんは「これ」と箸置サイズのカエルの焼き物を指さした。皺クチャのおじさんがカエルの着ぐるみをかぶっていて、蓮の葉に乗っていたり、茶碗のお風呂に入っていたりする。『フロッ爺・FLO+G』と札があった。

 愛莉さんの作品はガラス細工のアクセサリー。友花さんと愛莉さんのしているネックレスは、愛莉さんが作ったもののようだ。

 テントの奥に掛けられた絵は啓吾さんが描いたものだった。細い線に、スモーキーな色で彩色されて、ブラックファンタジーというう言葉がぴったりの不思議な絵。同じ絵が絵葉書で売られていた。

「千尋ちゃん、お店で会ったことあるよ」

 友花さん言われ、ふと記憶が蘇った。

「覚えてます。愛莉さんと一緒に来られましたよね。仲のいいお客さんだなって思ってました」
 
「覚えてくれてたんだ。うれしいね、愛莉」
 
 はしゃぐように友花さんと愛莉さんは指を絡ませ、ふとその指に揃いのリングがはまっていることに気づいた。その様子を見ていた美月さんが、「ああ」と友花さんの肩をポンと叩いた。

「そうそう。この子、彩夏ちゃんの元カノ」

 頭が一瞬空白になった隙をついて、友花さんが慌てたように「それNGです」と指でバッテンを作った。美月さんは目を丸くし、声をひそめる。

「ゴメン。でも、前はオープンにしてなかったっけ?」

「私はいいけど、彩夏、今の相手が男の人でしょ。だから相手に気を遣って言わないようにしてるみたい。私とはすぐ終わったから大学で知ってる人少ないし」

 友花さんは気まずそうにわたしを見た。どうしていいかわからず美月さんの顔をうかがうと、肩をすくめて「ううん」と唸る。

「千尋ちゃん、聞かなかったことして」

「えー……」

「彩夏ちゃんは学祭には来ないの?」

「彼氏と行くって言ってたけど、会う約束はしてないです」

 答えながら、ふと待ち合わせのことを思い出した。慌ててスマホを見るとギリギリの時間だ。

「あの、わたし友達と待ち合わせてるから行かないと」

 彩夏のことが気になったけれど、約束を放り出すわけにいかない。

「じゃあ、何かあったら言って。私から彩夏ちゃんに話したほうがよければそうする」

「はい」とうなずいて歩き出そうとすると、会いたくない人と目があった。クルッと背を向けてテントに戻り、ぶら下がっている友花さんのブラウスの陰に隠れる。それも虚しく、後ろから「千尋」と肩を叩かれた。

「あれ、圭。いらっしゃい」答えたのは、友花さんだ。

「あれ、友花、店ここだったんだ」

 圭は、吊り下げられた服を見上げた。隣で困惑するわたしのことなど気にもとめず、愉しげに話しはじめる。

「圭と千尋ちゃん知り合い? あ、彩夏つながりだ」

「そうそう」

 つながってるからこそ、今は会いたくなかった。友花さんは何かひらめいた様子で「そうだ」と呟くと、圭とヒソヒソ話を始める。逃亡するとでも思っているのか、圭はわたしの服を掴んで、二人の内緒話は筒抜けに耳に届いていた。

「別に問題ないんじゃない、彩夏は。バレたの千尋だし」

 圭は軽い口調で、聞き耳をたてていた美月さんが満足気にうなずいた。

「君もそう思う?」

 圭は訝しげに美月さんに視線をやり、そのあとわたしに顔を向ける。

「誰?」

「バイト先の美月さん」

「ああ」

 彼は納得したように警戒を解いた。彩夏から聞いていたのかもしれない。「西野圭です」と頭を下げ、美月さんは「鎌田美月と申します」と丁寧な挨拶をする。そして圭の顔をじっと見つめ、おもむろに問いかけた。

「圭、君でいいのかな」

「はい」

 淀みなく、圭は答えた。わたしには美月さんのように真っ直ぐ問いかけることはできない。もしかしたら、圭はその問いを避けるために「圭でいいよ」と先に予防線を張っているのかもしれない。

「千尋」と、どこかから友達の声が聞こえた。

 人混みのあいだから二人の友達が手を振っていた。「じゃあ」と歩き出そうとしたところで後ろから引っぱられる。

「千尋、ちょっとだけ時間ない? 気になるだろ、彩夏のこと」

 わたしを引き止めるには十分だった。友達に「後で合流する」と告げて両手を合わせると、彼女たちは圭をチラリとうかがい、明らかに誤解した目でわたしを見る。

「この前も一緒にいた人でしょ。いいよ。ゆっくり待ってるから」

 圭は「ごめんね」と愛想良く言い、そのやり取りでさらに誤解を招きそうだった。「彼氏じゃない」と否定するのも、自意識過剰みたいで悔しい。彼女らが人混みに姿を消すと、圭は「行くか」と、わたしの手をとって歩き出した。


次回/14.講義室は空いてない

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長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。

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