アイスクリームと脱走者/12
12.そんな時代じゃないから
大学祭一日目。
目を覚ますと、外は気持のよい秋晴れだった。山は紅く色づきはじめている。
「千尋、そろそろ起きんと、お昼になるよ」
窓を開けると、祖母が玄関先からこちらを見上げていた。両親と兄の車はなく、三人とも出かけたようだった。父の会社はイベントの企画や機材の貸し出し、消耗品の販売を行っていて、この時期はいつも忙しくしている。
台所のテーブルには目玉焼きが置かれていた。ガラス戸を引いて居間をのぞくと、祖母がソファに横になっている。ねじ巻き式の掛け時計が、ボーンと十時半を告げた。
「おばあちゃん、コーヒー飲む?」
「ああ」
起き上がろうとする祖母に「入れるよ」と言い、台所に戻った。
パンと目玉焼き、コーヒーをお盆にのせて居間に運ぶ。祖母はわたしの朝食を見て、呆れたように「まあ」とこぼした。
「千尋の朝ご飯は少ないなあ。若いのに」
「今日は大学祭だから、あとで何か買って食べる」
「ちゃんと食べんと。今日もアルバイトよね?」
「大丈夫」
片手でガッツポーズをつくると、「まあまあ」と笑い、祖母はコーヒーをすする。ふと、思い出すことがあった。
「おばあちゃん。うちの店長って娘さんがいたんだね。そんなふうに見えなかった」
「ああ。外国のお人形さんみたいな、べっぴんのお嫁さんがいたんよ。こんな田舎に来てくれてありがたいって言っとったのに、やっぱり合わんかったんか、すぐ出て行ってしまった。子どもはまだヨチヨチ歩きのころ」
「ふうん」
店長は今のわたしと変わらない年で父親になり、みんなでバーベキューをしたあの家で奥さんと子どもと一緒に暮らしていた。その姿を想像しようとしたけれど、うまくできなかった。
祖母が「千尋もなあ」と言った。
「千尋も、大学行ってなかったら結婚してもいい年よ。早く、いい人見つけて幸せにならんと」
もう慣れっこになっているけれど、つい反論してしまう。
「今は三十とか四十で結婚する人もいるんだし、そんな時代じゃないの。ハタチで結婚なんて早いよ」
「そういえば店長さんも独り身なんよねえ。家も近いし、いいんじゃない?」
「おばあちゃん」
「でも、店長さんは四十五くらいよね。ちょっと千尋には年が行きすぎねえ」
会話が噛み合わないのもいつものこと。
時計を確認すると待ち合わせまでまだ時間があり、お浸しとキンピラを作って祖母に声をかけた。
千尋は家のこと何もしないんだから。そんな母の小言が鬱陶しくてやっていた家事も、キッチンで働くようになって料理だけは楽しくなった。
「おばあちゃん、おかず冷めたら冷蔵庫入れといて。お昼に食べてもいいし」
「うん? ああ、ありがとう」
うとうとしていた祖母は寝ぼけ眼で、起き上がって大きく欠伸をする。
「じゃあ出かけるね」
「遅くならんようにね」
「はーい」
祖母はわたしが何時に
帰ってきているか知らない。大学が終わってまっすぐ家に帰ることなどないし、祖母は早ければ八時ごろに布団に入ってしまう。家族で食卓を囲むことはほとんどなくなっていた。
次回/13.アウティング?
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アイスクリームと脱走者【完結】
長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。
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