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中華の日々⑧ 東の男、深圳でギターを買う

日曜日の朝。激烈な二日酔いで目覚めた。
ギターを買うことにしていた。
(もう、来週でいいや)
と思ったが、通訳を買って出てくれた人がいた。
それで起き上がり、シャワーを浴びた。
吐き気をこらえながら街を歩いた。
(いつもこんなことを繰り返している)
早めに待ち合わせ場所に到着したので、コンビニで飲み物を買った。
ラリっていると判断もラリる。青色のゲータレードのラベルには小さく【ラズベリー味】と書いてあった。なんとも言えない味のそれを飲みながら、脂汗にまみれて巨大なビルを眺めた。【深圳楽器城】の文言もそうハッタリには見えなかった。


ここで買おうと決めていた店は、怪しく大柄なオヤジと英語を操る怪しく小柄なオヤジの共同経営と思しき、きわめて昔ながらのロック的うさんくささに満ち満ちた、小さなショップだった。二人の対比は、まさにブルーズ・ブラザーズのそれだった。

それだけでも相当に私の心に響いたのだが、決定打は、前回の来店時にそこにいた、メタルTシャツを着てギターを女子校生に教えていた長髪の兄ちゃんだった。もちろん例外もあるだろうが、ギターショップにいるメタル兄ちゃんの善良さというものは万国共通だと私は勝手に思っており、だからそういう兄ちゃんの生息するこの店は間違いないと感じたのだった。なお、そのメタル兄ちゃんもやはり人の好さが全開で、「気になったギターがあれば弾きなよ!」と勧めてくれた。店主たちとの関係はよくわからなかったが。

それにしてもオヤジは遅かった。通訳が電話をしてくれたのだが、「いま走って向かっているから!」という返答からすでに30分が経過していた。私はB級ロック映画のギャグシーン的な、全力で仕事をサボりながら「やってるやってる」とスマホに言い放つオヤジを思い浮かべた。

けっきょく、走って向かってきたオヤジは開店予定時刻に1時間遅れて登場した。大きいオヤジのほうだった。私は「1万元(約20万円)まで出す用意がある。気に入ったらそれを買う。安物から1万元まで、おすすめを片っ端から弾かせてほしい」という旨を通訳に伝えてもらった。オヤジは頷き、片っ端から【わんこそば】の要領でギターを用意してくれた。

値段も問わず、私は受け取ったギターを弾き倒した。他人の曲が弾けない(技術的に)ので、ひたすら自分の曲やデタラメを弾いていたところ、そのうちエレキギターの音が加わってきた。そちらを見ると、いつの間に来ていたのか、小柄なオヤジが微笑んできた。(そうこなくっちゃ)と思った。

けっきょく、買ったギターはバッグなど全部込みで3100元(約62000円)だった。「おまえのクレイジーなギターにはこれを使うといい」とオヤジたちはカポをくれたりピックをくれたり・・・商売っ気があるのかないのかわからないあたりも、昔ながらのロック感がすごかった。

オヤジに頼んで弦をエリクサーに張り替えてもらうことにした。なおエリクサー弦は1セット130元(2600円)とのことで、(切れたら泣くな…)と思った。オヤジが弦の張り替えをしてくれている時に、せっかくだから私は通訳に伝えてもらうことにした。
「先だって亡くなられた谷村新司先生の『昴』に感銘を受け、改めてギターを弾きたくなったのです」と。
するとチャイナ・ブラザーズたちは「おお!」と声を上げ、大きなエルウッドオヤジが弦を張り替えながら「昴」のメロディーを口にし始めた。小さなジェイクオヤジもハミングで応じ、背丈が真ん中で日本人の私が歌詞を口にして乗っかった。歌い終わると、オヤジたちは「中島みゆきもいいよな」などと言いはじめ、メロディー大会になった。後に通訳は「感動しました」と言ってくれたが、とりあえず(空気の読める人だな)と思った。

ギターのブランドはEastmanだった。
「東の男」だ。
あまりの話の出来具合に、二日酔いも吹き飛んだ。
ということはなかったが。



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