東雲 夕

若干、脚色をしてありますが、ほぼ「実話」です。現代人の心の闇・DV被害者の思い・子との…

東雲 夕

若干、脚色をしてありますが、ほぼ「実話」です。現代人の心の闇・DV被害者の思い・子との離別を経験した母親の思いを書き記し、同じ思いをしている人に、共感や勇気を少しでも与えられたらと思っております。宜しければ、感じた思いや経験談をお寄せ下さい。

マガジン

記事一覧

固定された記事

白い家

第1章 真白の箱 (1)    そこは天国か地獄か。目を開けると、天井が薄く白みがかり歪んでいた。 横を向き、羊水と胎児が包まれた温かな腹部をさすり、2階寝室の真…

東雲 夕
5年前
4

白い家

第2章 深海の光(1) 梨花と約束した金曜の夜。 久々の合コン何を着ていけばいいのか、迷ったあげく、白いパンツにサマージャケットといった、可愛げも微塵もないよう…

東雲 夕
5年前
1

白い家

第1章  真白の箱 (8)  研究室は冷房をつけている為か、6月の湿った外気とは違って、ドアを開ける度、ヒヤッとした。長袖の白衣に腕を通し、あがってきたサンプル…

東雲 夕
5年前

白い家

第1章 真白の箱 (7) 月曜日の朝、駅のホームから見上げた空は、鉛色だった。今にも雨粒が落ちてきそうだ。 ”今日は傘をお持ち下さい。いってらっしゃい!!” お…

東雲 夕
5年前

白い家

第1章 真白の箱 (6) ’故郷は遠きにありて思うもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶられて異土の乞食になるとても 帰るところであるまじや’ 私はいつも母か…

東雲 夕
5年前
1

白い家

第1章 真白の箱 (5) 日曜の朝は、晴天だった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出し、コップ一杯一気に飲んだ。洗ったばかりの洗濯物を、外に干そうとベラン…

東雲 夕
5年前
1

白い家

第1章 真白の箱 (4)   「由里子さん?」 急に呼び止められ、我に返った。同じ研究室の後輩、田中梨花だった。思わず、コンビニのおにぎりとおでんが入ったレジ袋…

東雲 夕
5年前
2

白い家

第1章 真白の箱 (3)  白衣を脱ぎ、研究室の入っているビルを一歩出ると、6月下旬のまとわりつくような熱気と、都会の喧噪に包まれた。週末の新宿は、人で溢れかえ…

東雲 夕
5年前
1

白い家

第1章 真白の箱 (2) 13年前  「設楽さん、このデータ、来週の頭まで打ち込んでまとめといてよ。」 白衣の和田義一は、数字が羅列した書類を、無造作に私のデスクに…

東雲 夕
5年前
1
白い家

白い家

第1章 真白の箱 (1)
 
 そこは天国か地獄か。目を開けると、天井が薄く白みがかり歪んでいた。
横を向き、羊水と胎児が包まれた温かな腹部をさすり、2階寝室の真四角窓から見える電線を、曇りがかった空を、遠く見つめた。そして、私はまた、ふっと目を閉じた。
 ほんの5分前の出来事を、私はまるで前世、そのまた前世の記憶として葬りたかった。しかし、目を閉じると、まざまざと瞼の裏に焼き付いているは鬼畜の顔

もっとみる
白い家

白い家

第2章 深海の光(1)

梨花と約束した金曜の夜。
久々の合コン何を着ていけばいいのか、迷ったあげく、白いパンツにサマージャケットといった、可愛げも微塵もないような出で立ちの私がいた。
夕方の新宿駅西口の熱気に巻かれ、久々のアイメークが崩れないか心配だった。

”由里子さーん!”
梨花はロングの髪をなびかせて、ハートのピアスを揺らしながら、汗一つ縁がないかのように、目を輝かせて現れた。ピンクのフレ

もっとみる
白い家

白い家

第1章  真白の箱 (8)

 研究室は冷房をつけている為か、6月の湿った外気とは違って、ドアを開ける度、ヒヤッとした。長袖の白衣に腕を通し、あがってきたサンプルに手をかけた。数名が研究室内にいるが、皆一様に会話することもなく、サンプルをピペッティングするものもいれば、分析装置のディスプレイを一心不乱に見つめている者もいる。 

 私は、彼らの素性を知らない。あくまで、同じ研究室にいる同僚。何を考

もっとみる
白い家

白い家

第1章 真白の箱 (7)

月曜日の朝、駅のホームから見上げた空は、鉛色だった。今にも雨粒が落ちてきそうだ。

”今日は傘をお持ち下さい。いってらっしゃい!!”
お天気お姉さんの、明るい爽やかな声とは裏腹の、みごとな曇天だ。

ふと、向かいのホームを見た。50代ぐらいの中年男性が、よたよたと伏し目がちに歩いているのが気になった。スーツにはしわが寄り、傘は持っていなかった。

男性は立ち止まった先は

もっとみる
白い家

白い家

第1章 真白の箱 (6)

’故郷は遠きにありて思うもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶられて異土の乞食になるとても
帰るところであるまじや’

私はいつも母から手紙が来る度、室生犀星の小説の一遍を想う。

私の故郷は、田舎であった。
田畑の中に、無人駅が一つ、汽車は1時間に1本、コンビニなどない。
若者たちは夢を追い、多くは都会に旅立つ。
残された老人たちは村を守ろうとするも、伝統行事や

もっとみる

白い家

第1章 真白の箱 (5)

日曜の朝は、晴天だった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出し、コップ一杯一気に飲んだ。洗ったばかりの洗濯物を、外に干そうとベランダに出ると、遠くで電車の音が聞こえた。
不意に玄関のチャイムが鳴った。宅配便らしい。まだパジャマだったことを後悔した。
 「設楽さん、お届けものです。」
宅配業者は、大きく横に〔ほうれん草〕と書かれた段ボール箱を軽々と渡した。受け取った私

もっとみる
白い家

白い家

第1章 真白の箱 (4)

  「由里子さん?」
急に呼び止められ、我に返った。同じ研究室の後輩、田中梨花だった。思わず、コンビニのおにぎりとおでんが入ったレジ袋を、背中に隠した。
  「まだ研究室に残ってたんですね!」
  「田中さんは、今日も合コン?」
梨花は、ふっと頬が緩み、
  「わかります?今から合流です。」
ロングの髪をきれいに巻いて、ピンクのワンピースが体のラインの細さを強調していた

もっとみる
白い家

白い家

第1章 真白の箱 (3)

 白衣を脱ぎ、研究室の入っているビルを一歩出ると、6月下旬のまとわりつくような熱気と、都会の喧噪に包まれた。週末の新宿は、人で溢れかえっていた。夕暮れの空を見上げても、一番星を見ることはなかった。高層ビルの窓には、煌煌と明かりが灯り、思わず人の波で押し流された私は、そこに佇むことさえ難しかった。もはや、押し流されることさえ、何も感じない私は、すでに東京人であった。

 

もっとみる
白い家

白い家

第1章 真白の箱 (2)

13年前
 「設楽さん、このデータ、来週の頭まで打ち込んでまとめといてよ。」
白衣の和田義一は、数字が羅列した書類を、無造作に私のデスクに放り投げた。白髪まじりの頭は、寝癖がひどく、白い蛍光灯が反射したその眼鏡の奥の表情は、全く窺い知れない。
 「わかりました。」
 「今度の学会の論文、設楽さんを共同研究者として挙げているから、頼む
  よ。」
和田は、そう言い残して、

もっとみる