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白い家

第1章 真白の箱 (7)

月曜日の朝、駅のホームから見上げた空は、鉛色だった。今にも雨粒が落ちてきそうだ。


”今日は傘をお持ち下さい。いってらっしゃい!!”
お天気お姉さんの、明るい爽やかな声とは裏腹の、みごとな曇天だ。

ふと、向かいのホームを見た。50代ぐらいの中年男性が、よたよたと伏し目がちに歩いているのが気になった。スーツにはしわが寄り、傘は持っていなかった。

男性は立ち止まった先は、黄色い線のはるか内側だった。

周りの人は気づいているのだろうか。私は息を呑んだ。
スマホに夢中で気づいていないのか、いやむしろ気づかないふりをしているのか、誰ひとり声をかけない。

”電車がまいります。黄色い線の内側までお下がり下さい。”
アナウンスが聞こえた。

急に目の前に、快速電車が飛び込んで来た。

電車は、私が立っている側の電車だった。乗り込んですぐ、男性を目で追った。相変わらず焦点の合わない目つきで、線路を見つめている。そして、薄く笑みを浮かべた。

その後、電車は音もなく走り出す。あの男性はどうなるのだろう、そう思うのはほんの束の間、私の日常も淡々と過ぎてゆく。


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