東雲 夕

若干、脚色をしてありますが、ほぼ「実話」です。現代人の心の闇・DV被害者の思い・子との…

東雲 夕

若干、脚色をしてありますが、ほぼ「実話」です。現代人の心の闇・DV被害者の思い・子との離別を経験した母親の思いを書き記し、同じ思いをしている人に、共感や勇気を少しでも与えられたらと思っております。宜しければ、感じた思いや経験談をお寄せ下さい。

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白い家

第1章 真白の箱 (1)    そこは天国か地獄か。目を開けると、天井が薄く白みがかり歪んでいた。 横を向き、羊水と胎児が包まれた温かな腹部をさすり、2階寝室の真四角窓から見える電線を、曇りがかった空を、遠く見つめた。そして、私はまた、ふっと目を閉じた。  ほんの5分前の出来事を、私はまるで前世、そのまた前世の記憶として葬りたかった。しかし、目を閉じると、まざまざと瞼の裏に焼き付いているは鬼畜の顔であった。その鬼畜は目が真っ赤に血走り、顔を紅色に震わせて、のどの奥から震えた声

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      第2章 深海の光(1) 梨花と約束した金曜の夜。 久々の合コン何を着ていけばいいのか、迷ったあげく、白いパンツにサマージャケットといった、可愛げも微塵もないような出で立ちの私がいた。 夕方の新宿駅西口の熱気に巻かれ、久々のアイメークが崩れないか心配だった。 ”由里子さーん!” 梨花はロングの髪をなびかせて、ハートのピアスを揺らしながら、汗一つ縁がないかのように、目を輝かせて現れた。ピンクのフレアスカートがよく似合っていた。 なぜだろう。 私は彼女を目の前にすると、急に自

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        第1章  真白の箱 (8)  研究室は冷房をつけている為か、6月の湿った外気とは違って、ドアを開ける度、ヒヤッとした。長袖の白衣に腕を通し、あがってきたサンプルに手をかけた。数名が研究室内にいるが、皆一様に会話することもなく、サンプルをピペッティングするものもいれば、分析装置のディスプレイを一心不乱に見つめている者もいる。   私は、彼らの素性を知らない。あくまで、同じ研究室にいる同僚。何を考え、仕事終わりにどこで過ごしているのか、恋人はいるのか、一切知らない。  休憩

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          第1章 真白の箱 (7) 月曜日の朝、駅のホームから見上げた空は、鉛色だった。今にも雨粒が落ちてきそうだ。 ”今日は傘をお持ち下さい。いってらっしゃい!!” お天気お姉さんの、明るい爽やかな声とは裏腹の、みごとな曇天だ。 ふと、向かいのホームを見た。50代ぐらいの中年男性が、よたよたと伏し目がちに歩いているのが気になった。スーツにはしわが寄り、傘は持っていなかった。 男性は立ち止まった先は、黄色い線のはるか内側だった。 周りの人は気づいているのだろうか。私は息を呑ん

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          第1章 真白の箱 (6) ’故郷は遠きにありて思うもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶられて異土の乞食になるとても 帰るところであるまじや’ 私はいつも母から手紙が来る度、室生犀星の小説の一遍を想う。 私の故郷は、田舎であった。 田畑の中に、無人駅が一つ、汽車は1時間に1本、コンビニなどない。 若者たちは夢を追い、多くは都会に旅立つ。 残された老人たちは村を守ろうとするも、伝統行事や神事の後継者なく、 廃れていくばかりの過疎地域であった。 時代は過ぎていくのに

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          第1章 真白の箱 (5) 日曜の朝は、晴天だった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出し、コップ一杯一気に飲んだ。洗ったばかりの洗濯物を、外に干そうとベランダに出ると、遠くで電車の音が聞こえた。 不意に玄関のチャイムが鳴った。宅配便らしい。まだパジャマだったことを後悔した。  「設楽さん、お届けものです。」 宅配業者は、大きく横に〔ほうれん草〕と書かれた段ボール箱を軽々と渡した。受け取った私は、予想以上の重さに  「っと・・!」 と声が出た。 母からだった。伝票には’

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          第1章 真白の箱 (4)   「由里子さん?」 急に呼び止められ、我に返った。同じ研究室の後輩、田中梨花だった。思わず、コンビニのおにぎりとおでんが入ったレジ袋を、背中に隠した。   「まだ研究室に残ってたんですね!」   「田中さんは、今日も合コン?」 梨花は、ふっと頬が緩み、   「わかります?今から合流です。」 ロングの髪をきれいに巻いて、ピンクのワンピースが体のラインの細さを強調していた。いつもは履かないヒールの高いパンプスのためか、結果的に私は見下ろされる格好にな

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          第1章 真白の箱 (3)  白衣を脱ぎ、研究室の入っているビルを一歩出ると、6月下旬のまとわりつくような熱気と、都会の喧噪に包まれた。週末の新宿は、人で溢れかえっていた。夕暮れの空を見上げても、一番星を見ることはなかった。高層ビルの窓には、煌煌と明かりが灯り、思わず人の波で押し流された私は、そこに佇むことさえ難しかった。もはや、押し流されることさえ、何も感じない私は、すでに東京人であった。  地元の高校を卒業して、大学進学の為上京、遺伝子学を専攻した私は、あるベンチャー企

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          第1章 真白の箱 (2) 13年前  「設楽さん、このデータ、来週の頭まで打ち込んでまとめといてよ。」 白衣の和田義一は、数字が羅列した書類を、無造作に私のデスクに放り投げた。白髪まじりの頭は、寝癖がひどく、白い蛍光灯が反射したその眼鏡の奥の表情は、全く窺い知れない。  「わかりました。」  「今度の学会の論文、設楽さんを共同研究者として挙げているから、頼む   よ。」 和田は、そう言い残して、またボールペンのノックをカチカチしながら、研究室を出て行った。誰もいない研究室に