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白い家

第1章 真白の箱 (3)

 白衣を脱ぎ、研究室の入っているビルを一歩出ると、6月下旬のまとわりつくような熱気と、都会の喧噪に包まれた。週末の新宿は、人で溢れかえっていた。夕暮れの空を見上げても、一番星を見ることはなかった。高層ビルの窓には、煌煌と明かりが灯り、思わず人の波で押し流された私は、そこに佇むことさえ難しかった。もはや、押し流されることさえ、何も感じない私は、すでに東京人であった。

 地元の高校を卒業して、大学進学の為上京、遺伝子学を専攻した私は、あるベンチャー企業の研究員の一人として、新たなガン検査の開発に取り組んでいた。新宿にあるオフィス兼研究室で、遺伝子データを分析し、学会前には終電が出るまで、夜遅くまで仕事に明け暮れた。他の研究員に遅れをとるまいと、常に前を目指し、走り続けなくてはいけないと心に決めていた。

 あの時、私を駆り立てていたのは、自己顕示欲と地元への卑下だった。



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