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白い家

第1章 真白の箱 (2)

13年前
 「設楽さん、このデータ、来週の頭まで打ち込んでまとめといてよ。」
白衣の和田義一は、数字が羅列した書類を、無造作に私のデスクに放り投げた。白髪まじりの頭は、寝癖がひどく、白い蛍光灯が反射したその眼鏡の奥の表情は、全く窺い知れない。
 「わかりました。」
 「今度の学会の論文、設楽さんを共同研究者として挙げているから、頼む
  よ。」
和田は、そう言い残して、またボールペンのノックをカチカチしながら、研究室を出て行った。誰もいない研究室には、保冷庫のブーンと稼働した機械音が響いた。
 
 何時間、この研究室に籠っているのだろう。もはや、今が昼なのか夜なのかもわからなかった。もう一度、パソコンを眺めたが、焦点が合わなかった。完全に集中力が切れた途端、突然空腹を感じた。時計を見ると、18時30分になるところだった。
 「お腹空いた。」
誰と話すでもなく、一人発した言葉が、宙に浮いた。



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