シェア
東雲 夕
2019年3月28日 15:30
第2章 深海の光(1)梨花と約束した金曜の夜。久々の合コン何を着ていけばいいのか、迷ったあげく、白いパンツにサマージャケットといった、可愛げも微塵もないような出で立ちの私がいた。夕方の新宿駅西口の熱気に巻かれ、久々のアイメークが崩れないか心配だった。”由里子さーん!”梨花はロングの髪をなびかせて、ハートのピアスを揺らしながら、汗一つ縁がないかのように、目を輝かせて現れた。ピンクのフレ
2019年2月5日 15:01
第1章 真白の箱 (8) 研究室は冷房をつけている為か、6月の湿った外気とは違って、ドアを開ける度、ヒヤッとした。長袖の白衣に腕を通し、あがってきたサンプルに手をかけた。数名が研究室内にいるが、皆一様に会話することもなく、サンプルをピペッティングするものもいれば、分析装置のディスプレイを一心不乱に見つめている者もいる。 私は、彼らの素性を知らない。あくまで、同じ研究室にいる同僚。何を考
2019年2月2日 12:34
第1章 真白の箱 (6)’故郷は遠きにありて思うものそして悲しくうたふものよしやうらぶられて異土の乞食になるとても帰るところであるまじや’私はいつも母から手紙が来る度、室生犀星の小説の一遍を想う。私の故郷は、田舎であった。田畑の中に、無人駅が一つ、汽車は1時間に1本、コンビニなどない。若者たちは夢を追い、多くは都会に旅立つ。残された老人たちは村を守ろうとするも、伝統行事や
2019年1月23日 13:16
第1章 真白の箱 (5)日曜の朝は、晴天だった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出し、コップ一杯一気に飲んだ。洗ったばかりの洗濯物を、外に干そうとベランダに出ると、遠くで電車の音が聞こえた。不意に玄関のチャイムが鳴った。宅配便らしい。まだパジャマだったことを後悔した。 「設楽さん、お届けものです。」宅配業者は、大きく横に〔ほうれん草〕と書かれた段ボール箱を軽々と渡した。受け取った私
2019年1月21日 10:06
第1章 真白の箱 (4) 「由里子さん?」急に呼び止められ、我に返った。同じ研究室の後輩、田中梨花だった。思わず、コンビニのおにぎりとおでんが入ったレジ袋を、背中に隠した。 「まだ研究室に残ってたんですね!」 「田中さんは、今日も合コン?」梨花は、ふっと頬が緩み、 「わかります?今から合流です。」ロングの髪をきれいに巻いて、ピンクのワンピースが体のラインの細さを強調していた
2019年1月19日 19:13
第1章 真白の箱 (3) 白衣を脱ぎ、研究室の入っているビルを一歩出ると、6月下旬のまとわりつくような熱気と、都会の喧噪に包まれた。週末の新宿は、人で溢れかえっていた。夕暮れの空を見上げても、一番星を見ることはなかった。高層ビルの窓には、煌煌と明かりが灯り、思わず人の波で押し流された私は、そこに佇むことさえ難しかった。もはや、押し流されることさえ、何も感じない私は、すでに東京人であった。
2019年1月15日 16:31
第1章 真白の箱 (1) そこは天国か地獄か。目を開けると、天井が薄く白みがかり歪んでいた。横を向き、羊水と胎児が包まれた温かな腹部をさすり、2階寝室の真四角窓から見える電線を、曇りがかった空を、遠く見つめた。そして、私はまた、ふっと目を閉じた。 ほんの5分前の出来事を、私はまるで前世、そのまた前世の記憶として葬りたかった。しかし、目を閉じると、まざまざと瞼の裏に焼き付いているは鬼畜の顔
2019年1月19日 16:54
第1章 真白の箱 (2)13年前 「設楽さん、このデータ、来週の頭まで打ち込んでまとめといてよ。」白衣の和田義一は、数字が羅列した書類を、無造作に私のデスクに放り投げた。白髪まじりの頭は、寝癖がひどく、白い蛍光灯が反射したその眼鏡の奥の表情は、全く窺い知れない。 「わかりました。」 「今度の学会の論文、設楽さんを共同研究者として挙げているから、頼む よ。」和田は、そう言い残して、