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白い家

第1章 真白の箱 (1)
 
 そこは天国か地獄か。目を開けると、天井が薄く白みがかり歪んでいた。
横を向き、羊水と胎児が包まれた温かな腹部をさすり、2階寝室の真四角窓から見える電線を、曇りがかった空を、遠く見つめた。そして、私はまた、ふっと目を閉じた。
 ほんの5分前の出来事を、私はまるで前世、そのまた前世の記憶として葬りたかった。しかし、目を閉じると、まざまざと瞼の裏に焼き付いているは鬼畜の顔であった。その鬼畜は目が真っ赤に血走り、顔を紅色に震わせて、のどの奥から震えた声で叫んだ。
 「お前、なめてんのか!ばかにしやがって!!…うううっ!!」
鬼畜は、私に馬乗りになり、首に手をかけた。その小刻みに震える親指は、何のためらいもなく、ただただ頸動脈を押すのであった。私は、声も涙も枯れ果てていた。ただただ願ったのは、どんなことがあっても子だけは、子だけは助けなければ…そんな思いで、お腹だけは必死にかばっていた。

その鬼畜は、胎児の父親であった。

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