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夢の羅針盤

どんなに手をのばしても
届かないと思っていた
遠いなあ、と、ため息をつき
だから忘れてしまっていた
いくつもの夢

目の前の困難なあれこれに
向き合うことでいっぱいで
夢を追ってはいられなかった

けれど心の
深いところの中心に
それらはずっと存在していて
消えたり消したり
したわけではなかったのです

目の前の困難なあれこれに
強さと弱さを試されて
あがいて 破れて 立ち上がって
ただ懸命に進んでいるとき
実は
心の深いところで
夢が
羅針盤になっていたのかもしれません

気がついたら
まったく思いもかけない形で
いつのまにか
それらが現実になっていた
あれほど遠いと感じていた
夢が

物書きになりたい
作品を世に出したい
信頼できるパートナーがほしい
安心して眠りたい
馬と暮らしたい
猫と暮らしたい
中庭に花の咲く静かな住まいで

まっすぐに追いかけてはこなかった
ただ懸命に生きてきた
心の奥には羅針盤
その針に知らず知らず導かれ
そして
きっと
覚悟と
生き方が追いついたとき
いくつもの夢が
そっとかなって
わたしのそばにあったのです


◇かなえたい夢というのは不思議なもので、追えば追うほど遠く感じることがあります。近道を行こうとして、かえって時間や労力がかかってしまうことも。私はクリスチャンなので、夢がかなうかどうか、また、いつかなうのか、といったことは、すべて神さまの御心次第だと思っています。でもそれは、人任せにしていいということでも、努力を怠っていいということでもありません。大切なのは、与えられた状況のなかで、誠実に力を尽くすこと。そして、夢の羅針盤を心のなかに持ち続けること、ではないでしょうか。そうやって懸命に生きてきたら、私の場合はいつのまにか、いくつもの夢がかなっていました。「〇〇になりたい」「〇〇がほしい」と思っているうちは遠かったのですが、そんなことも忘れて与えられた役目に四苦八苦して取り組んで、やがて自分の覚悟や生き方といったものが追いついたとき、神さまが与えてくださった、そう考えるようにしています。

神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
(コヘレトの言葉3:11 聖書新共同訳)


見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、あい(ai_kotoba)さんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

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