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看取り~介護と死別を通して得られた家族の絆とは~(19)

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1月1日(土)
新しい1年を迎えられて感謝。体調は普通だけれども、普通であることが実はものすごく幸せなことなのだと痛感する。
 
1月2日(日)
一緒に散歩した。途中で、「僕仕事辞めるからね」と言ったら、すこしうれしそうな、当惑したような表情をした。
 
1月3日(月)
声がでないといっていた。体力が随分落ちたような気がする。
 
1月4日(火)
胃ろうが漏れてしまい、栄養剤が外に漏れてしまったので、明日T病院に連れて行くことになった。
 
1月5日(水)
T病院でO先生ともう一方の先生にチューブを交換してもらい、栄養剤も打てるようになった。声が少し出るようになったといっていた。
 
1月6日(木)
昼電話したときは寝てたようで、声がよく出てなかったが、スーパーに買い物をしてスープを作ったようで、また大きななべで煮込んでいた。夜は9時ごろまで一緒に志村けんのテレビを見た。、調子はまあまななようだ。
 
1月7日(金)
今日は寒いので公園までいってすぐ帰ったようだ。昼電話して在宅ホスピスのK病院には、僕一人で行くと言っておいた。疲れたようで20時ころ寝た。
 
1月8日(土)
寒いので散歩はなし。調子は良さそう。
 
1月9日(日)
しばらく散歩はしないようだし、そのほうがいい。

1月10日(月)
味噌汁をおいしそうに飲んでいた。抗がん剤を休んでいるためか、調子は良さそうだ。ケアマネのTさんから電話があった。夜中ちょっと様子をみてみると、天井を見つめながらとても不安そうな顔をしていたのが気がかり。
 
1月11日(火)
調子は良さそうで、寒い中少し散歩をした。
 
1月12日(水)
パクリタクセル6クールの1回目。だいぶ待たされて終わって帰るのが17時になったのでタクシーで帰った。前に一度ついた運転手さんだった気がする。帰ってから調子が戻ったようだ。
 
1月13日(木)
朝若干見当識障害があって、栄養剤はいらないと主張してきたが、しばらくすると気が付いたようだった。強く否定するのでなく、穏やかな口調で接したい。
 
1月14日(金)
自転車で一人で信用金庫にいき保険料を払ってきた。夜足が冷たいというので、僕は使い捨てカイロを買ってきて、お父さんに渡した。
 
1月15日(土)
胃ろうののチューブの根元が痛くて眠れなかったようだ。T病院は休みだったが、救急外来に連絡すると、たまたまO先生がいらしたので、タクシーで連れて行って治療をしてもらった。だいぶ疲れたようだ。
 
1月16日(日)
痛みはだいぶおさまったようだが、発声が小さい。でも明日は仕事にいっても大丈夫そうだ。
 
1月17日(月)
痛みはだいぶ収まってきたようだが、声に元気がない。池袋のデパートでニンジンのスープを買って帰ったら、おいしそうに食べた。
 
1月18日(火)
ちょっと痛みがぶり返したようで、痛み止めの座薬を使う。最近寒いので外には出ていない。
 
1月19日(水)
パクリタクセル3クールの2周目。僕が病院に着くころには栄養剤の投与は終わっていた。点滴の方はいつもより時間がかかった。チューブにあてるガーゼを小さく当てて回りをテープ止めするよう指示を受けた。点滴中に診察をしていただいたので、16時半頃会計が済み、タクシーでなく電車で帰った。やはりちょっと疲れたようだ。
 
1月20日(木)
声が小さいのが気になる。日中スーパーに行って、味噌汁の具材を買ってきた。頬は赤らんでいない。
 
1月21日(金)
普通。電話の声もいつも通り。
 
1月22日(土)
少し元気がないようだ。
 
1月23日(日)
いっしょにあるいてスーパーに買い物に行った。体力は少しづつ衰えているが、今日はそれでも調子良さそうだった・
 
1月24日(月)
今日は調子悪そうだった。国民健康保険課に手紙を書いていたが、筆圧がすごく衰えていて僕はびっくりした。
 
1月25日(火)
朝は調子わるそうだったが、夜になって少し回復したようだ。
 
1月26日(水)
パクリタクセル6クールの3回目。点滴を打って、調子がよさそうだ。
 
1月27日(木)
頬の赤みがでたが、顔色は良い。
 
1月28日(金)
頬の赤みが消えた。「相変わらずだ」と言っていた。
 
1月29日(土)
寝ている時間が長くなってきている。体力も落ちて、声も出なくなって、耳も遠くなった。僕は久しぶりにお父さんのガーゼの交換を手伝った。「治るかもしれないし、治らないかもしれない。哲也とは40年も一緒にいるんだからもういいよな」と言っていた。だいぶ前に奥多摩の鍾乳洞に友達と自転車でいったこと、治ったら小笠原にいってみたいことなどをしゃべった。
 
1月30日(日)
ストーブの使い方が一瞬わからなくなったようだ。暖かくしているとタンがでないらしい。横になっていると楽なようだ。「いっしょに座ってあげられなくてごめんね」と言っていた。
お父さんが小さいころ家で飼っていた犬や猫の話しをした。犬泥棒がいたそうで、お父さんのところも持って行かれたと言っていた。
 
1月31日(月)
声は相変わらず細いが、調子は良さそうだ。今日も外出せず、一日うちにいた。天気予報によると今日までが寒いようだ。栄養剤を早くからしたようで、僕が帰宅したときには終わっていた。いっしょに水戸黄門を見て、20時半ころ横になった。
 

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