約束のビール瓶
ワイはビール瓶。生まれはオランダ、性別は緑色、銘柄はハイネケン。チャームポイントは赤い星。
生まれて初めて聞いた言葉は「ハートランドと迷うなあ」
ワイの一族は世界各国で愛され飲まれているんだ。嬉しいもんだねえ。鼻が高いったらありゃしない。
ワイの仲間はヘンなやつばっかりさ。
豪快なバドワイザー、陽気なコロナ、誠実なハートランド、爽やかなヒューガルデン、陰キャなギネス。
みんな、お酒としてもインテリアとしても最高なんだ。
ワイはというと、渋谷の外れにある代々木上原ちかくの高級ダイニングバーに置かれていた。
いわゆる「お高いシャレた店」だ。
会社のお偉いさん、プライドを着飾った女性、小綺麗で大人ぶった男たちが愛想笑いを振りかざしながら酒を飲み交わす。
コイツらのどうしようもない会話のツマミにされてしまうと思うとゾッとした。たいしてビールも好きじゃない接待野郎だけは勘弁だ。
そしていよいよ、ワイの注文が入った。
運ばれた先にいたのは、ふたりの男女だった。
一人はクリエイター気取りの男性。おしゃれメガネに真っ白のTシャツ、落ち着いたジャケット。
一人は秋色のセーターを着た小動物のような可愛らしい女性だった。
「どうも」
男性はそっけなくそう言うとワイを受け取った。スカしてるのか緊張してるのか、彼の感情は読みにくかった。なんだかいけ好かないヤツだ。
女性もハイネケンを頼んでいたようだ。嬉しそうに受け取る。この子は許せる。可愛い。
「かんぱ〜い」
男性はグイッと一口飲んだ。いい飲みっぷりだ。いけ好かないけど、飲みっぷりだけはいい。
女性はすこしだけ飲んで机に置いた。まあ、この子は許す。可愛いから。
「相変わらずちょびちょび飲むな〜」
男性がからかう。いや、いいんだよこの子は。ゆっくりで。オマエは飲め。
どうやらふたりは付き合っているらしく、もうすぐで3年らしい。コイツのどこがいいのだ。いけ好かない。
「俺さ、アメリカにいこうと思うんだ」
彼がそう切り出したのは飲みはじめてから1時間が経った頃だった。
彼女の反応を見るかぎり、突然の報告だったようだ。
彼には夢があるらしかった。世界に自分の作品が通用するのかどうか挑戦したいらしい。エセクリエイターじゃなかったのね。
彼の熱い想いを彼女は静かに聞いていた。が、途中で泣き出してしまった。
それもそのはず、3年目の記念日で結婚しようと約束していたからだ。なにをいまさらアメリカなんて。。可愛い顔が台無しだ。許せん。
「泣かせてごめん」彼は一言だけ呟いた。
一年後、ふたりは結婚した。
立派に成長したクリエイターと、隣で嬉しそうに笑う女性。たくさんの人に祝福されて、彼女は思わず涙をこぼした。
「泣かせてごめん」彼は笑った。
式中、ふたりの前には二つのビール瓶が飾られていた。
ちゃんと約束を守った彼を、すこしだけ許すことにした。
「 アタイにだって言いたいことがある。」
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文章:しみ
イラスト:じゅちゃん
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