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自作品

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逢魔が辻・裏話

逢魔が辻・裏話

 先日、「逢魔が辻」という題の自作品を載せました。
 載せた後何度か微調整はしましたが、ほぼ書き下ろしに近い、中編程度の作品です。会話文が多くて少し読みづらいですが、よろしければどうぞ。

 今回はこれについて少し、つらつらと。
 私に腕があれば、こんな余計なことは書かずに済むのですが、とりあえず後書きのようなものです。

 大まかな筋を、まず最初に決めました。笑える落語の形にするつもりは最初から

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【落語・講談台本】逢魔が辻⑦

【落語・講談台本】逢魔が辻⑦

 ある、晴れた日のことで、ございました。
 芦ノ湖のほとりのとある茶屋の縁台で、二人の男が、座っておりました。
 二人は斜向いに背を向けたまま座っておりまして、一人は富士を遠くに見やりながら、煙管をぷかーっと、ふかしております。

「万事、済みましたね」
「ああ」

 煙管から煙が白くたなびいては、消えてゆきます。

「小頭が、金とらずに仕掛なさると聞いたときには、どうなることかと気をもみましたが

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【落語・講談台本】逢魔が辻⑥

【落語・講談台本】逢魔が辻⑥

 その夜、傷の男とご新造は、屋根船にのり、芦ノ湖の上におりました。 
 二人は言葉を交わすこともなく、船頭と思しき男が静かに櫓をこぎ、船が音もなく岸から離れていく。街の灯も喧騒も遠くなり始めた頃、外を眺めているご新造に、男が口を開きました。

「さて。これはね、ご新造様の口には合わねえかも知れねぇが、宿の板場に頼んで急ぎ拵えさせた膳だ。こいつでまずは一献、と言いたいところですがね。その前に、やって

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【落語・講談台本】逢魔が辻⑤

【落語・講談台本】逢魔が辻⑤

 どれほど眠り続けていたでしょうか。
 傷の男はようよう目を覚まします。
 さほど重くは思ったことのなかった綿の布団が男の背中を痛めつけ、男は歯を食いしばりながら身を起こします。

「ああ、与吉さん。与吉さん。いねえのか。どこ行ったんだ。おい。誰か。誰かいねぇか」
「はい。ああ。お目覚めになりましたか。ご気分はいかがですか」
「ああ女中か。おい。与吉さん、どっか行ってんのか。部屋にいねぇみてぇなん

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【落語・講談台本】逢魔が辻③

【落語・講談台本】逢魔が辻③

 箱根湯本の旅籠に、一人の男が泊っておりました。
 歳はまだ若い。侍でもなければ商人でもない。湯治の客とは見えぬ丈夫な身体に、さほど上質な生地とも思えぬ着流しをぞろりと引っかけている。しかしどういうわけか金だけはそれなりにあったと見え、もう結構な長逗留となっておりました。

 男の左の頬には、刀傷がありました。しかし、堅気には見えぬけれども、金払いがよく、遊び方も綺麗なこの男を、旅籠の主人夫婦や女

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【落語・講談台本】逢魔が辻②

【落語・講談台本】逢魔が辻②

 女房を亡くし、打ちひしがれている亭主の元に、一人の男が訪ねて参ります。
「ごめんください」
「…どちらさまで」
「そちらさまにはお初にお目にかかります。手前は、与吉といいます。江戸市中、方々歩きまわっちゃぁ、他人(ひと)様の要らねぇものを買い、それをまた、誰か、要るってぇ人に売る。そうしてお足をいただいております。こちらのような立派な店こそありませんが、これでもまぁ、商人(あきんど)の端くれです

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【落語・講談台本】逢魔が辻①

【落語・講談台本】逢魔が辻①

 時は元禄。
 江戸は神田のとある通りに、ちいさな店を営む夫婦がおりました。
 職人堅気の亭主と、愛嬌のある女房が構えたこの店は、その人柄通りの手堅い商いで贔屓も増え、しっかりと通りに根付きまして、子はまだ居ないながらも、二人、幸せに暮らしておりました。

 ところが、この亭主。店じまいの後、いつものように帳簿をつけながら、おかしなことに気づきます。
 残高が、合わない。
 おかしい。実際の残高が

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トキソプラズマ

トキソプラズマ

【※長文です】

「悪いね。たいしたもの置いてなくて。ビールでいいか? 簡単に食えるもん作るから、その辺座って先に呑んでてくれ」
「ああそんな、気ィ使わないでくれ。お前も一緒に呑もう」
「じゃあ、これだけ作ったら、そっちに行くよ」

「しかし、いいのかぁ? こんな高そうなソファに、俺の尻なんか乗せて」
「なぁにバカ言ってんだよ。椅子は座るためにあるんだろ」
「うちは猫飼ってからソファは捨てたなぁ。

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上弦の月

上弦の月

 受け月に願いをかけると叶うと聞いたのはどこで誰からだったか。
 誰にも言えない願いを、掬い零さず受け止めてくれる月だという。

 上弦の月の中でも、皿のように薄く真っ直ぐに冴えた月が、受け月と呼ばれるのだという。しかしこの月が、夜空に姿を見せるのは、一年の中でも実はそれほど多くはないらしい。
 偶々夜空に浮かぶ日に、雨も降らず雲もかからなければ見えるその月に、願いをかける。
 そのとき誰かに見ら

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薬と毒

薬と毒

 その夜、女はどばどばと涙と鼻水を流しながら、男と言い争っていた。

 男にとっては「理屈に合わない要求」が、女にとっては「耐えがたい苦痛」が、積み重なった末の、最後の一つが引金となった結果だった。

 暮らし始めて間もなく、男は女に、薬と毒の話をしたことがあった。
「薬と毒は、別種の何かではない。ある物質が人の身体に入ったとき、プラスに作用すれば薬、マイナスに作用すれば毒と呼ばれる。プラスになる

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枝豆

枝豆

 休日を共に過ごしたその日暮れ、男と女は、適当に目についた、小綺麗な居酒屋に入ることにした。

 男は、テーブル席を希望した。
 そこまで混んでいなかったのか、個室の四人席に通された。
 二人は腰を下ろし、昼間歩いて疲れた足を休めた。
「酒はどのくらい飲めるの? ビールは飲める?」と男が女に訊いた。
「そんなに強くはないけど、全然飲めないわけじゃないですよ」
 大学入学以降、あちこちで訊かれ続け、

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涙香

涙香



「それじゃ、行ってくる」
 早朝の駅のホームで、男は女の頬にキスを一つ残し、東京行きに乗り込んだ。
 女は右手を軽く振りながら、軽い微笑でそれを見送った。

 若い頃、様々な職を渡り歩き、一時華やかな業種にも身を置いたことのある男は、さほど美形でもなければ若くもないけれど、不思議とどこかあでやかな男だった。
 この男でなければ、こんな人目を引くような気障な真似はさせないのに。 
 女は、列車

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