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4−転 不可知な心


 ノーヴス・アーフ刊行の美術雑誌、黒瀬花春特集号は爆発的なヒットとなった。個展の開催中、自殺未遂を起こした美人芸術家、有象無象の格好の餌食だ。個展自体は彼女に近親者がいない点もあり閉鎖中、しかし小屋主が独断でマスコミの取材を受け入り口を施錠、彼女の作品は日本中に広まり様々な火種を巻き起こした。嘗て無い芸術論と善悪論が渦巻く世情、黒瀬花春は時代のアイコンとなった。彼女の意識は今だ戻らない。情報では大量の薬を飲み手首を切ったところ、自分で救急車を呼んだらしい。救急隊が到着した時彼女は既に意識を失っていた。処方薬のオーバドーズじゃそう簡単に死ねやしない、問題はそれが心臓をポンプする薬であり、手首を切った事による出血多量にある。故に彼女は意識を失い、出血性ショックにより脳にダメージを負った……この話もテレビを通じて知った話でどこまでが真偽か判断がつかない。しかし私は半場確信していた。この一件には必ず、柿崎早苗が関わっている。私はもう一度彼女と会わなきゃいけない。彼女が何を考え、何を思っているのか、確かめなくてはならない。思っていた矢先、早苗の姉から連絡が来た。

「クガちゃん、ありがとう、もう大丈夫だと思う」
「大丈夫って?」
「早苗、落ち着いたみたい」
「それはお母さんの一件から?それとも……」
「母の件から。多分、もう大丈夫。クガちゃん、動いてくれてありがとう。落ち着いたらまた皆でご飯でも食べよう?昔みたいにさ。早苗も喜ぶと思うから」

 私は電話を切った。早苗は多分、改竄の儀式を終えたんだろう。欲望は飽和した。そう、つまり、早苗はもう大丈夫なのだ。早苗はまた一つ思い出や価値観を改竄し、日常に戻っていった。私の知らない早苗にまた一歩踏み出した。ああ、まただ、この気持ちは。喜ぶべきか悲しむべきか分からない、煮え切らない想い。ため息を空に放り出した。クソッタレ、結局何も出来なかった。私はいつも早苗の改竄を見届けるだけの傍観者、その改竄を見て、私は何を感じていたのだろう。記憶は所詮情報だ、感情は記憶されない。寒々しい印象だけが景色にぼんやり色付いている。

「クガちゃん、お待たせ」

 早苗だ。そう、今日はこれから早苗とお茶する約束だった。然しもう話すことは何も無い。彼女の改竄は遂行されたし、そこを突くことは彼女のトラウマを悪戯に掘り返す事に繋がる。だから私はもう彼女に関わるべきじゃ無い。分かっていたのに、どうしてだろう、この場に足を運んだのは。己の不可知な心を持て余してるからかもしれない。因果無き欲望、理由なき行動……大なり小なり誰しもが持ち合わせた衝動を私自身、早苗と同じように。

そして私は聞き出した。早苗だけが知る、黒瀬花春の顛末を。



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