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4−承 面倒の依代


 面倒事を面倒な人間に相談したけど足蹴にされた。面倒な人間にすら足蹴にされる面倒事は相当面倒な事なんだろう。そんな相当な面倒事を抱えた私は面倒の依代に会いに行った。

 早苗は美しくなっていた。元々彼女は善人だ、そこに体裁を身につけて彼女は殆ど完璧な大人になっていた。起こしてきた数々の愚行録が彼女を完璧に近付けるなら、新たに勃発する愚行を私は許容するべきじゃ無いのか?そんな逃げ道を余所に、私は早苗に警告する。でも無益だ、私の言葉は早苗の芯に届かない。彼女は沢山の記憶や価値観を改竄する事で平穏を獲得してきた人間だ。私の言葉も、いずれ彼女の中で歪曲されるのだろう。それでも諦めるべきじゃ無い、彼女はまだ何も間違いは犯していない。彼女は完璧な大人に近づくにつれ元来の個性を変形させてきた。共感性を少しずつ削ぎ落とし、慈愛の精神を少しずつ枯らせ、人間性を少しずつ失う事で、沢山の傷に耐えうる精神を身につけた。今の彼女は涙ぐましい自己防衛の賜物だ。でも、それは本当の早苗じゃ無い。残酷な社会に適応するために改竄された偽物の早苗だ。無垢から遠ざかった、もはや私の知らない早苗……寂しいわけじゃない、ただ、少しばかり空い気持ちになる。とにかく今の私に出来ることは早苗のお姉さんとの約束を守ること。悪戯な改竄で意味不明な暴挙を起こさぬよう目を光らせること、それだけだ。

 お姉さん曰く、早苗は黒瀬花春という芸術家と会った帰り、血の染みたハンカチを手にしていたらしい。既に何かは起こっている。私はその何かを確かめに黒瀬花春に会いに行った。彼女と出会い、驚いた。黒瀬花春は希美とそっくりだったから。風体では無い、その芸術性が、個性が、喋り口が、あの頃の希美がそのまま年齢を重ねたような女性……柿崎早苗と黒木花春、この二人は交じ合わせてはいけない、悪い予感ばかりが肥大していった。どうすればいい?私にはどうすることも出来ない。黒木花春は結局私なんかに心を開かないし、早苗だってそうだ。今の私に出来ることは……何も無い。

 私は二人を追わない時間、一縷の可能性を追うことに終始した。それは白木希美の顛末を知ること。私は知らない、三月のあの日、白木希美が窓から飛び立ってどうなったか。残酷な結末を記憶に留めたく無かった、だから私は逃げた、早苗を巻き込んで……それが一縷の可能性だ。早苗の心を動かすことが出来るのは希美だけだ。早苗にとって希美は特別な存在だったのだから。白木希美が生きていれば、早苗の心を動かすことが出来るかも知れない。何か間違いを犯す前に止めることが出来るかも知れない。私がそんなちっぽけな可能性にかまけている内に、間違いは起きてしまった。黒木花春が自宅の浴槽で意識不明の重体で発見されたのだ。



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