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【ショートショート】8角マスター

居酒屋『8角』のマスターは、8に異常なくらいこだわっていた。

コースターやグラスやお皿の形はすべて8角形。

出されるおツマミやお酒は、すべて88円、888円、8,888円。

でも、売れるのは、8粒で88円のピーナッツと、888ミリリットル888円の安い酒ばかり。

ピーナッツ1皿と888円のボトルキープされた安い酒をみんなチビチビしか呑み食いしかしないから、なかなかおツマミも酒も減らない。当然、お店は赤字経営。

それでもマスターは、8の字がつけば、『末広がり』で幸せがくると信じていた。ちなみに、店名が『八画』ではなく『8角』にしたのも、画数が8になるようにこだわったためである。

「この店、壁がいびつに歪んでいるなぁ」

ある晩、客の一人がつぶやいた。居酒屋『8角』は、複雑にいり組んだネオン街の中心部のすき間に押し込まれるように存在していた。

マスターは雷に打たれたように

「まさか!」

と叫んで壁をなぞった。

「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、……、九つ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、……、九つ」

店内にいた客は誰しも心の中で叫んだ!

(9角形!)

(この店の形状は、9角形だったのだ)

その瞬間だ!

ボコッ、ボコボコボコッ、ガラガラガラ。

木造モルタルでできていた居酒屋『8角』の壁の2面がボロボロと崩れた。マスターが力の限り壁を叩いたり、蹴ったりして壊したのだ。

唖然とする客を尻目に、マスターは、残った壁と壁を繋ぐように、ポケベルをニッコリ笑って持つ女の子のポスターを貼った。

「これで、8角形」

マスターは満足げに微笑んだ。3秒の静寂ののちに、冷たい風に吹かれながら、客はまたピーナッツと安いボトルの酒をちびちびと呑み始めた。

(安けりゃ、ごちそうじゃなくても、美味しくない酒でもいい)

(安けりゃ、半分外でもいい)

しかし、しばらくすると、いつもは長居する客が立ち上がった。

「うう、寒っ!」

寒さで、トイレが近くなったのだ。居酒屋『8角』にはトイレがなかったから、会計を済ませて、遠くにある公園か駅のトイレに行かなければならないルールだった。

一人、二人、……、八人と、いつもは長いする客がみんな席を立った。

こうして、居酒屋『8角』は客の回転が早くなって、少しだけ黒字になった。

「やっぱり、8は『末広がり』だな」

マスターは満足げに、雨風に晒されてボロボロになったポケベルのポスターの女の子を眺めた。

そのポスターが彼の宝物だということに気づくのは、もうちょっと後のことである。

(終わり)

古雑誌から、ランダムに『八かく』と『マスター』を選んで、そこから連想して、今回のショートショートを作りました。

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