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自宅療養5日目で感じる本当の辛さ

サザエさんに出てくるアナゴさんの年齢、知ってますか?私はアナゴさんを40代くらいのおじさんかと思っていました。だってマスオさんの方が健康的で若々しく見えるから。

この話のことの発端は、友人と「もうすぐ27歳になるんだよね」という会話からで、私のその言葉に友人は「アナゴさんと同い年じゃん」と。その瞬間思考が止まるということはこのことであって、寧ろ究極の局面でなくても思考は止まるものかと驚きもしました。そう、アナゴさん、27歳なんですよ。

なんと言ったらいいのか。なんでしょうかこの正体不明の虚無感は。


年齢を重ねることに抵抗はなかったはずなのに、それよりも楽しみだと胸を張って去年まで答えていたはずなのに、今では怖くてたまりません。正直日々苦痛です。それは外見の変化では決してなく、ただ、27歳になるのに環境変化が何もないということにあるのかもしれません。失敗と反省を繰り返し自分を厳しく育ててきたつもりなのに、何一つとして成果が出ていないことが苦しいです。

そして何よりも今悲しいことは、こんなどうでもいいような小話を話せる人が近くにいないということ。どうでもいいことを気軽に話せる状況じゃなくなってしまった今の環境が辛く、失ったものは大きいとまた後悔しています。友人が多いことはいいことです。でも、本当に大切なことは、話したいと思うことを時を選ぶことなく話せる相手がいることなのかもしれませんね。相談したくてもできない状況、泣きたくても泣けない、そして悪いことだけじゃなく、良いこともすぐに供給できないことがひどくもどかしいのです。


自宅療養あと5日になりました。一歩も外に出られない状況は良くも悪くも現実を突き詰めてきます。誰とも直接話すことなく過ごしてしまった日々は、まるで私の存在が元から消えてしまったかのような、そんな切なさを感じ眠りについています。今まではあくまで自宅療養は軽症と捉えてきましたが、実際に自分が体験すると思った以上にただ「孤独」で「寂しい」です。勿論体調不良の部分も大きく問題ですが、私はメンタル面の苦しみの方が身に染みています。

自分が経験する前と後では、ある物事の感じ取り方・受け取り方は変わるものだと実感をしています。それを経験したからこそ、もっと誰かに寄り添えることってできるのかなと。それは何も人類全員に、なんてことは出来ないだろうけど、私が今大切にしたいと思う人たちに対しては、正直にそして、お互い信じ許してあげられるような。そう生きていきたいなとこの期間で考えてたので、27歳からの実行目標にしたいと思います。

明日は、何をするか。前日から必死に考える生活を早く脱したいです。


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