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マークの大冒険 フランス革命編 | 本当の幸せとは何なのか

前回までのあらすじ
マークはジョゼフに、人はどうして生まれ、どうして死んでいくのか?人はどこから来て、どこに行くのか?そして、宇宙とは何のか?それら全てに答えが用意されている。と、唐突に言った。戸惑うジョゼフだったが、彼は世界の正体を知ることを熱望し、マークについて行くことを決心した。全ての答えが、このピラミッド中にある、とマークは言い、内部へと進んでいった。

マークとジョゼフは、暗闇に包まれたピラミッドの内部を歩いていた。ランプの灯りで、お互いの姿形が僅かに見えるほどだった。先頭を行くマークをジョゼフは追うようにして進む。

「ところでジョゼフ、本当の幸せとは何だと思う?」

マークが唐突に呟いた。

「本当の幸せ、ですか?とても難しい質問ですね」

ジョゼフは困惑した表情を見せ、すぐに答えられなかった。

「そうだね。ボクは幼い頃に『銀河鉄道の夜』という本を読んでね」

「銀河鉄道の夜?聞いたことのないタイトルですね。マークさんの国の本ですか?」

「そう。日本文学を代表する傑作のひとつだ。イーハトーブという町で、少年ジョバンニが親友カムパネルラと共に銀河を舞う空飛ぶ列車に乗る話さ」

銀河鉄道の夜
宮沢賢治による日本の文学作品。1934年刊行。1924年頃から執筆され、第4稿まで推敲された。生前には発表されず、賢治が亡くなった翌年に刊行された。イーハトーブに住む主人公ジョバンニが親友カムパネルラと共に銀河鉄道に乗り、生きるとは?幸せとは何なのか?について語り合いながら冒険する物語。賢治の作品に共通して登場するイーハトーブという町は、彼の故郷である岩手県がモデルになっている。また、ジョバンニとカムパネルラが語り合う構図は、賢治が親友の保坂嘉内と登山の際に夜通し語り明かした青春の思い出から来ている。そして、『銀河鉄道の夜』というタイトルは、夜中に橋の上を走る鉄道が銀河を駆け抜けているように見え、その情景に感銘を受けた賢治の思いに由来する。

「鉄道や列車というのは何ですか?」

*ジョゼフが生きる時代に蒸気機関車は、まだ存在しない。また、宮沢賢治による『銀河鉄道の夜』もまだ刊行されていないため、ジョゼフがそのタイトルを知る由もない。

「そうだな。言うなれば、自動で動く馬車のようなものかな」

「そんなものがあったら、良いですね。どこにでも連れて行ってくれそうだ」

「ああ、それでジョバンニとカムパネルラは銀河を走る列車の中で、本当の幸せとは何か?という話をするんだ。この本に出会ってから、ボクも本当の幸せについて深く考えるようになった。金持ちが幸せなのか?お金で買える幸せもあれば、買えない幸せもある。金持ちで不幸そうな人間なんてごまんといる。それじゃあ、頂点に立つ王様が幸せなのか?ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』を読めば、彼は人の頂点に立つ皇帝だったが、幸せだったとは言い難い。その他のローマ皇帝では、暗殺された人物も大勢いる。人の上に立ったって、幸せにはなれない。人のために生きることが幸せ?それもご立派さ。だが、それは結局、自己犠牲さ。自己犠牲は本当に幸せなのか?誰かの犠牲の上に成り立つ幸福など、本当の幸福と呼べるのか?『銀河鉄道の夜』の中にも、犠牲になって星座になったサソリの話が出てくる。けれど、それが本当の幸せなのかには疑問が残る。富も、地位も、自己犠牲も、どれも違う。それじゃあ、本当の幸せって何だろう?ボクはずっと考えた。それで自分なりの答えを出したんだ。自分が好きなことをしている時そこ、本当の幸せなんじゃないかって。だからボクらは今、本当の幸せの中にいる。好きな古代エジプトの研究ができること、これに勝る幸せはないのかもしれない。そして、幸せとはその時の一瞬、一瞬のことを指すんだ。幸せは持続するものじゃない。瞬間ごとに訪れるのが幸せの正体だ。もちろん、人によって幸せの定義は違う。けれど、今この時がボクらの幸いであることは間違いない」

「そうですね。好きなことができている俺は、今、幸せなんだと思います。これもマークさんのお陰ですよ。ここに来れなきゃ、今頃、地元で燻っていたところです。それで、物語は結局どうなるんですか?」

「列車が終点まで着くと、先ほどまで会話していたカムパネルラがジョバンニの前から急に消えた。そう、ジョバンニは、死んだカムパネルラの霊と幻想の旅をしていたんだ。目が覚めて、ジョバンニはカムパネルラらが川で溺死したことを知る。そして、悲しみに暮れながらも、何もできず、物語は終わる」

「悲しい話ですね」

「ああ。でも、とても示唆的で、美しい物語なんだ。それに、ブルカニロ博士エンドというものもあってね」

「ブルカニロ博士エンド?」

「ああ、『銀河鉄道の夜』には、もうひとつの幻のエンディングが存在するんだ」

「どんな結末なんですか?」

「ジョバンニの銀河鉄道の旅は、ブルカニロ博士の実験だったんだ。カムパネルラが消えた後、ブルカニロ博士がジョバンニの前に現れ、旅の真相をジョバンニに伝える。そして、ジョバンニは博士から2枚の大きな金貨を貰うんだ。貧しいジョバンニだったが、これで母の病気を治せるかもしれない。そんな救いの終わり方が存在するんだ。それは結局、正規エンドとはされず、出版用に採用されたのはブルカニロ博士が登場しないシナリオだったけどね。ジョゼフ、これが世界の正体のヒントだよ。世界には幾つもの可能性と結末がある。ボクとここに来なかったキミもいるんだ。どれが本当で、どれが真実かは、個人に委ねられている」

「え?ここに来なかった俺?」

「じきに分かるさ」

ブルカニロ博士エンド
『銀河鉄道の夜』の幻のもうひとつのエンディング。カムパネルラがジョバンニの前から消えた後、ブルカニロ博士という人物が現れ、その後の結末が異なる。ブルカニロ博士は黒い帽子を被った容貌で、科学や地学の話をするなど、賢治に酷似している。賢治が用意した4つ存在する『銀河鉄道の夜』のシナリオのひとつだが、出版用には正式採用されなかった。ブルカニロ博士エンドないしブルカニロ博士編の他、カムパネルラの死をジョバンニが冒頭部分で知るシナリオも存在する。カムパネルラの死の真相が前後したヴァージョンである。そのシナリオでは、ジョバンニとカムパネルラの仲が悪いのだが、ジョバンニは銀河鉄道の旅の仲で、カムパネルラが友人のために命を投げ出せるほど良い人だったことを知る。『銀河鉄道の夜』は未完の作品であり、4つあるシナリオのどれが正規のものなのかは賢治のみ知る。現在に伝わる出版用のシナリオは、当時の編集者が4つのシナリオから選んだにすぎない。全部で30確認されている福音書からエイレナイオスによって4つの福音書が選ばれたのと同じである。どれが本当で、どれが真実かは、読者に委ねられている。

「マークさんは、カムパネルラみたいに突然いなくならないですよね?」

「......」

「俺らは、この先もずっと一緒ですよね?」

「それは分からない。先のことなんて誰にも分からないさ。でも、今は少なくとも一緒にいる。さあ、そろそろトトの隠し部屋に到着だ。この世界の原点にして終着点。全ての真実が、この先にある」


Shelk 🦋

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