ひつじ

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文章を書く人です。根が暗いのであんまり明るいお話は書きません。寝言みたいなもんです。音楽が好きです。

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  • 【不定期連載】給湯器ちゃんと私

    気難しい給湯器ちゃんと私の攻防を不定期に書き付けていきます。

  • 世界に色がつくとき

    • 18本

    藤野ゆくえとひつじによるリレー小説です。どうなるかわかりません。

  • 君と僕と質量保存の法則

    中編くらいの小説を置いておきます。

  • 知らない人

    長編の「知らない人」というお話を連載しています。

    • 【不定期連載】給湯器ちゃんと私

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      • 18本
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    • 知らない人

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【不定期連載】給湯器ちゃんと私#8(終)

2月9日、木曜日。曇り時々雪。がっつり冷え込んでいる。 最強寒波を乗り越え、暦の上では春になり、しかし北海道はまだ寒い。土曜日なんて予想最低気温マイナス21度(地元の数字)らしい。そんな季節に、事態はものすごい勢いで急展開を迎えた。 2月から我がアパートにガスと灯油を提供する業者が変わるらしく、契約とかいろいろあるので連絡してくれとの書面が投函されたのが、たぶん1月末。知らない間に夫が連絡を入れていたらしく、業者が来ると聞かされたのがまさかの当日朝。もっと早く言え。 ま

    • 知らせるさ、君には

       突然、人生の夏休みが始まった。仕事がうまくいかないという思いがピークに達するのと、契約の終了を告げられるのはほぼ同時だった。何かをしみじみと考える間もなく、あっという間に私は無職になってしまった。世間でもちょうど夏休みが始まった頃の話だ。求職、という言葉が脳裏を掠めるたびにそこから目を逸らす。まるで後回しにした宿題のように。心の底で沸いては消える焦燥感と、時間がいつもよりゆっくり流れるような間延びした感覚。十年ぶりの気分を味わうようになって、まだ二週間だ。  今朝は早起きを

      • 【不定期連載】給湯器ちゃんと私#7

        1月13日、金曜日。曇り。寒いは寒いけど気温は比較的高め。 2023年を迎えて早くも13日。案の定と言うべきか、給湯器ちゃんが交換されることのないままヌルッと年を越してしまった。ついでに、窓側の換気扇についてもその後音沙汰がまったくない。そうだろうと思った。 つい先週まで、給湯器ちゃんがとてもご機嫌な日が続いていた。朝一のコンタクト装着の時から適温のお湯をくれるし、温かいお湯で食器を洗わせてくれる、もちろんシャワーもほどよく温かいままでいてくれる。そんな日が一週間近く続い

        • 君と僕と質量保存の法則 4

           視界が広くなるだけで、気分はずいぶん違うものだ。いや、今の気分が軽いのは、およそ二年ぶりの散髪という、僕にとっては大きなハードルを越えることができたからだろう。 「保護猫が、ちゃんとした飼い主に引き取られたみたいだね」  椅子に腰かけてこちらを見ながら千波が言う。僕はベッドの上に座った状態で頭へ手をやった。頭が軽く感じるだけではない。手で触れても伸びた髪が指に絡みついてこない。さっぱりとした短髪。可もなく不可もない髪型だと思っていたが、やはり手入れのされた髪はそれだけで気持

        【不定期連載】給湯器ちゃんと私#8(終)

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          君と僕と質量保存の法則 3

           眠って起きてみれば、こんな突然の再会もすべて夢というオチが待っているかもしれない。薬の力を借りて眠りに落ちる前にそんなことを考えたのだが、目の前には午前の日差しを受けて微妙に輪郭が揺れる千波の姿がある。 「なんかすごく、居心地が悪いんですけど」  よれよれの長袖シャツに高校の指定ジャージといった、千波と再会した昨夜から着替えていない服装で、昨夜は千波が腰かけていた位置に座っている。彼女はというと、昨夜は僕がいた椅子の上にちんまりと収まっていた。 「そう言われましても」  困

          君と僕と質量保存の法則 3

          君と僕と質量保存の法則 2

          「岩崎くんは、もしかしてあれからずっと、こんな感じ?」  千波の問いに何も返せない。その通り、あの事故から僕はずっとこうだ。部屋から出るのは食事とトイレと風呂、そして月に一度通わされている精神科への通院日。それ以外はずっとこの部屋にいる。雑然という言葉では済まされない散らかりようの自室。掃除もろくにしていなければ、簡単な片付けすら最後にしたのはいつだっただろう。こんな場所で、こんな有様でいる僕を、千波はどう思って見ているのか、絶対に知りたくないと思った。 「まあ、人間いろいろ

          君と僕と質量保存の法則 2

          世界に色がつくとき #17

          薄い青色のワンピース、ショルダーバッグには財布とスマートフォンと、一応、ヘッドホン。忘れ物は、たぶんなし。 デートなど初めてだから、いつもではしないくらいしつこく持ち物を確認してしまう。家を出る前に、鏡で自分の姿を確認した。変じゃない。大丈夫。 長い夏休みのさなか、橋本町まで行って由香里と仲直りしただけにとどまらず、恵介くんとお付き合いをすることになり、これから早速デートに出かける。それらの出来事があまりにも目まぐるしくて、自転車を漕ぐ足の感覚がふわふわする。 駐輪場に自転車

          世界に色がつくとき #17

          君と僕と質量保存の法則 1

           今から三年と五ヶ月前、猛吹雪の日だった。僕の住む町から市街地の方へと出ているバスが横転する事故があった。その日は奇しくも大学入試センター試験の日で、その事故での死傷者の中には受験会場へ向かう高校三年生も含まれていた。大学進学を希望する高校三年生だった僕は、その日のそのバスに「乗らなかった」せいで、引きこもりになった。  あの事故を経験して、それでも大学へ進学した同級生は、今は就職活動で一生懸命らしい。事故の影響で浪人した同級生も大学生活は順調らしい。この地域に住んでいた当時

          君と僕と質量保存の法則 1

          【不定期連載】給湯器ちゃんと私#6

          11月22日、火曜日。曇り時々晴れ。寒い。 給湯器ちゃんとの仲が良好なまま、このアパートへ越してきて二回目の冬がやってくる。ぐっと冷え込むようになった最近でも、給湯器ちゃんはやけにご機嫌だ。私としてはありがたいことこの上ないのだが、給湯器ちゃんがご機嫌だといよいよこの不定期連載のネタがなくなってくる。いや、そんなネタは本来ない方がいいのだ。 今日は11月22日。いい夫婦の日。私達の結婚記念日である。11月は何もかも「いい〇〇の日」だ。12月になると何もいいことがない日にな

          【不定期連載】給湯器ちゃんと私#6

          世界に色がつくとき #15

          夏は夜が遠い。私は昔からそう思っていた。しかし、それを口にするとたいてい「昼が長い、でしょ」と言われてしまうのだった。そうしてやがて、人前でそうした表現を使わないようになっていったのだ。 遠い町から地元へ戻る電車は、まだその中間地点にいる。すでに夕方になっているはずなのに車窓の景色は明るく、車内の熱気もまだ昼間のものだ。そんな空気感と、どこかふわふわした気持ちとで、なぜだかその表現が口をついて出た。 「夏は、夜が遠いよね」 「えっ?」 つい先ほど、お互いに一世一代の勇気で言葉

          世界に色がつくとき #15

          【不定期連載】給湯器ちゃんと私#5

          10月29日、土曜日。午後に一時雨。寒い。 給湯器ちゃんにとってご機嫌な季節(たぶん)が過ぎ、北海道では雪虫も飛び、冬が迫ろうとしている。夏は38度設定でも少し熱かったシャワーのお湯は、なんだか最近ちょうどよく感じる。人間とはわがままな生き物である。 給湯器ちゃんが交換される予定であることを知ってから、もうすぐ2ヶ月。管理会社からの連絡はない。まあ12月までにって言ってたし、まだ10月だしな。ちなみに結露防止の換気扇については半月ほど前に機種を確認しに業者の人が来た。どう

          【不定期連載】給湯器ちゃんと私#5

          世界に色がつくとき #13

          「僕は、うーん、いや、えっと……」 カメオ出演すればいいと言う由香里に、なんとも歯切れの悪い返事をする加川。 「もう、由香里。加川くん困ってるじゃん」 「ごめんごめん。ちょっと面白くなっちゃって」 少し調子に乗りやすいタイプの由香里を私がゆるく制して、由香里が軽い調子で謝る。すれ違ってしまう前となんら変わりのないやり取りに、じんわりと心が温まってきた。加川もいつの間にか楽しそうに笑っている。 「ねえ、今もちゃんとカメラ回ってるよね?」 由香里の声はやはり弾んでいる。 「うん、

          世界に色がつくとき #13

          【不定期連載】給湯器ちゃんと私#4

          9月5日、月曜日。一瞬だけ雨。快適な気温。 前回の記事からすぐに夏がやってきて、雨の多めだった夏は矢のように過ぎ去っていった。どうでもいいが私はひとつ歳を取った。給湯器ちゃんは夏が好きなのだろうか、このごろはとても物分かりのいい子である。夏には記事にするような出来事が起こらなかったから、7月と8月にはこの不定期連載の続きを書くまでもなかった。ただ、本来アパートの給湯器というのは調子の良し悪しがいちいち記事になるようなものだっただろうか。まあいいか。そんな給湯器ちゃんと私の生

          【不定期連載】給湯器ちゃんと私#4

          世界に色がつくとき #11

          「あのさ」 ようやく口からひねり出した言葉は、なんの意味も持たない言葉だった。 「何?」 由香里のぱっちりとした両目が私を捉える。記憶よりもぱっちり開かれたその目に、顔を合わせないでいた時間を感じさせられる。 「私、色が見えないの」 「え? なにそれ?」 少し笑いを含んだような由香里。信じてくれなくてもいい。話さなければ。そう思うほどに口の中がカラカラと水分をなくしていく。私の様子を見て、冗談だと思ったのか笑みを見せていた由香里も真面目な顔つきに変わっていく。 「由香里はさ、

          世界に色がつくとき #11

          知らない人 5

          22歳の大晦日は、一人ではない。その事実だけで、一年の最後の最後まで働かなければいけない現実も乗り越えることができた。いつにも増して鬼のようなスピードで、しかし鬼の形相になってはいけないレジ打ちから解放され、私服に着替えてただの人に戻った私の心は、重く疲弊する身体に反してふわふわと軽かった。 18歳までの大晦日は、祖母と二人だった。19歳の大晦日も、朝からこの家に帰ってきて祖母と過ごした。20歳の大晦日は、当時の職場の仲間に誘われた飲み会に出て、賑やかに過ごした。21歳の大晦

          知らない人 5

          世界に色がつくとき #9

          映画の撮影の続きを約束した日の前の晩。日付ももうすぐ変わろうとする時間帯のことだった。私はせっかくの撮影の日を寝不足で迎えてはいけないと、早めにベッドへ潜り込んでいた。睡魔にほとんど意識を持っていかれかけていたその時、スマートフォンが鳴った。 「ありゃ」 自分の口から、自覚している以上に寝ぼけた声が出た。眠りに落ちかかった意識の中でスマートフォンを操作したせいで、かかってきた電話を間違えて切ってしまったのだ。のろのろと身体を起こして自分の頬を両手で軽く叩き、改めてスマートフォ

          世界に色がつくとき #9