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知らない人

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長編の「知らない人」というお話を連載しています。
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知らない人 5

知らない人 5

22歳の大晦日は、一人ではない。その事実だけで、一年の最後の最後まで働かなければいけない現実も乗り越えることができた。いつにも増して鬼のようなスピードで、しかし鬼の形相になってはいけないレジ打ちから解放され、私服に着替えてただの人に戻った私の心は、重く疲弊する身体に反してふわふわと軽かった。
18歳までの大晦日は、祖母と二人だった。19歳の大晦日も、朝からこの家に帰ってきて祖母と過ごした。20歳の

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知らない人 4

知らない人 4

ミサキさんと暮らすようになって初めての年末が迫っている。夜の8時、私は風呂上がりの濡れた髪もそのままに、ソファーに深く身体を埋めて、リビングのテレビで好きなバンドが出演する予定の音楽番組を流し、温かいココアをちびちびと飲んでいた。よく知らない流行りのアーティストの特集コーナーが始まり、あまり興味も持てずに欠伸が出たちょうどそのタイミングで、普段は鳴らない固定電話の着信音が鳴った。

固定電話は祖母

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知らない人 3

知らない人 3

冬のある日、私宛てでない郵便物が届いた。宛名は「三崎綾夏様」とある。あまり頭の切れる方ではない私でもピンときた。これがミサキさんの本名なのだ。

「ミサキさん、って苗字の方だったんだ…」

私はあまり深く考えずにそう呟いて、先ほど帰宅していたはずのミサキさんに郵便物を渡そうと、和室の前で声をかけた。

「ミサキさーん、郵便来てますよー!」

すると部屋から慌てたような物音が聞こえて、間もなく引き戸

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知らない人 2

知らない人 2

久しぶりに家に一人ではない生活を送り始めて、私はとても嬉しくて舞い上がっていた。ただ、ミサキさんは日によってとても早い時間に仕事に行ったり、逆に夜遅くに働いたりしていて、その上休みも不定のようで、どんな仕事をしているのか気になってはいた。しかし、言いたくないことは言わないルールだ。直接本人に聞くことはしなかった。

「ミサキさん、今日は仕事ないんですか?」

「はい、今日は」

向かい合って朝食を

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知らない人 1

知らない人 1

知らない人と暮らすことになった。

私はそれまで、古くて小さな一戸建てで一人暮らしをしていた。たかだか22の若い独身女が一人、なぜ持ち家で暮らしているのか、その話はおいおいということにしよう。

私の家から少し歩いたところに、小さなネットカフェがある。行ったことはないが、意外と便利で快適だというのは聞いたことがある。朝晩がすっかり冷え込むようになった晩秋の深夜に、そのネットカフェが入ったビルの前で

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