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ずっと、ひそひそ話がしたかった

ずっと苦手で、悔しくて、あきらめていたことがある。

 

先生の声だけが響く教室で、こっそり隣の子と話したかった。

「昨日のテレビ見た?」

「見た見た。宿題できなかったけど、これでいいのだー」

「俺もなのだー」

そんなばかばかしい内緒話がしたかった。

 

背伸びしたレストランで、女性に恋をささやきたかった。

「前から言おうと思ってたんだけど」

「なあに?」

「君の笑い声……好きなんだ」

そんな青い春をささやきたかった。

 

静まり返ったオフィスで、席に来て相談があると声をひそめる部下に、言いたくなかった。

「ごめん、聞こえない」


そんな冷たく聞こえる言葉を言いたくなかった。


私はずっと、静かな場所で、ひそひそ話がしたかった。

 

けれども私は小さな声が聞こえない。
ひそひそ話なんて夢のまた夢だった。

 

私は今、シャープの補聴器「メディカルリスニングプラグ」を着け、シャープのグループ会社で営業部長として数十人のチームを束ねている。

 

私の難聴のレベルは、軽度難聴と中等度難聴の間ぐらいで、小さな声での会話は聞き取りにくく、普通の大きさの声の会話もその人の話し方や周りの騒音によっては時々不自由を感じる。

 

しかし、私は今まで補聴器を使ったことがなかった。

私のふるさとは京都府の北部にある。
車で少し走ると日本海が見え、日本三景の一つといわれる天橋立に着く。

生まれ育ったのは、山のふもとに田んぼが広がる小さな町だ。
絹織物の産地で、昔は集落のあちこちから機を織る音が聞こえてきた。
秋になると神社の祭りで神輿が練り歩き、子どもたちはみんなソワソワしたものだ。

 

小学5年生の時だった

 

兄貴とふざけて風呂に潜って遊んでいたら、結果、両耳とも中耳炎になってしまう。

 

なったんだけど、私は少年野球に燃えていて、まだ耳が痛いのを親に黙って野球の試合に出たりしていた。

 

でもやっぱり痛い。
ついに観念して泣きついた。

「お母ちゃん、耳の奥がいたゃーわ」

「なんで早く言わんだー!」

当然、怒られた。

 

近所の医者へ行くと、

「うーん。ちょっと良くないと思うから、大きな街の病院へ行ってください」

と渋い顔で先生が言う。

 

山を越えてようやくたどり着いた大きな街の病院で、私たち親子はすごい剣幕で叱られた。

「なぜもっと早く来なかったんですか!」

「耳に水がたまっているのをちゃんと取らなかったから、耳の神経がちょっとおかしくなっている。もうこれ以上良くなることはないでしょう……」

 

中学生になってからも精密検査を受けたが、やっぱりだめだった。

だから私は小学5年生の時から耳が聞こえにくい。

 

ところが案外平気だった

 

「困った」記憶があまりないのだ。

 

友だちは優しかった。
誰かが私に話しかけると、すかさず横から口を挟む。

「アキラは聞こえへんから、もっと大きい声で言わなあかんわやー」

 

アキラは私だ。

 

アキラは今、聞こえてないなと察すると通訳みたいに教えてくれた。

「お前のお父ちゃんに酒持ってきたんだってぇ。一升瓶持って帰れるか?だってぇー」

 

私は近所のガキ大将でいじめられることはなかったけれど、仲が悪い子にばかにされることはよくあった。

そういう奴らは家の裏で吠える。

「どうせアキラは聞こえへんわー」

「あーほー!」

普段は聞こえにくくても、悪口だけはスッと聞こえるのはなぜだろう。

 

学校の授業もそれほど困らなかった。

 

先生!

 

「僕、耳が聞こえにくくなったので、席は前の方にしてください!」

それからは大抵、教室の一番前が私の指定席だ。

 

思い出した。中学、高校の時は英語が苦手だった。
5段階評価で2がせいぜい。
筆記だけなら3ぐらいは取れたと思いたいが、なんせヒアリングが全然だ。

 

先生!

 

「僕、海外には行きませんから大丈夫です」

「あほか!そういうことじゃない」

 

先生は正しかった。

シャープグループの昇格試験にはTOEICがあるが、合格点に全く届かない。昔は他の試験でもいいという救済措置があって、どうにか昇格できたが4年もかかった。

 

大人になってそんな恐ろしい目に遭うとは想像もしていないアキラ少年は、相変わらずスポーツに夢中だった。

 

少年野球では副キャプテン、中学ではサッカー部のキャプテン、高校では硬式テニス部の副キャプテンになった。
「聞こえにくいから、ちゃんとできないよ?」と言っても、なぜか、なにか役を任せられる。

 

まあ、こんな具合に青春時代を楽しく過ごし、大学進学の時期を迎えるのだが……。

 

受験に失敗する

 

うちの家はそんなに裕福じゃなかったので浪人する余裕はない。
兄貴はその頃、5年間の大学夜間コースに通っていた。
家から1円ももらわず、新聞配達をして卒業した強者だ。

 

私は新聞配達を何年も続ける自信がなかった。

「就職しよっかな……」

「あのな、アキラの性格やったら、新聞配達は4年もたんとおもうでぇー、
でも、2年だったらできるんちゃうか? 専門学校も考えてみたらええんちゃう」

「……わかった」

 

私はバイトで入学金を貯め、新聞奨学生となり、簿記の専門学校へ通った。毎朝3時半に起きて朝刊を配り、授業の途中でも15時に学校を出て夕刊を配る。
思えばこの頃が一番苦労した時期だった。

 

専門学校の教室は60、70人が入る大教室だ。
ここでも私は手を挙げる。

 

先生!

 

「耳が聞こえにくいので一番前にしてください。それに途中で帰るから前がいいんです」

 

そんな私を見込んでくれたのか、就活の時、学校推薦でオフィス機器メーカーの採用試験を受ける。
受験者200人中、合格は5人。
最後の10人には残ったが力及ばずサクラは散った。

 

先生は「惜しいところまでいったな」と私の肩をポンとたたき、「もし電気系が好きなんだったら……」と続けた。


シャープがあるよ?

 

正確には、私が今いるシャープのグループ会社で、当時の事業はオフィス機器の保守や消耗品の販売が主流だった。
「受けてみるか?推薦してやるよ」と励まされ、私は再び採用試験に挑んだ。


面接で最初に言う言葉は決めていた。


「耳が聞こえにくいので、聞き返すことがあるかもしれません!」


幸い面接官は大きな声で話してくれて、だからシャープ(のグループ会社)の印象はすごく良い。


そうして無事に採用され、私は大阪で経理をするつもりで入社したのだが、ふたを開けると……


配属先は営業だった。
しかも営業の新卒採用は私が初。

赴任先は香川県の高松だった。
管轄エリアは四国4県。
しかも四国に営業担当者を置くのは私が初。

つまり広大な四国の地に、
営業は新人の私1人だけだった。


何十年も前だから石器時代の話だなと思って薄目で読んでほしいが、仕事はモーレツだった。


昼間は営業、夜は遅くまで機器修理の手伝いだ。


営業の方法も今の若い人にはびっくりされるだろう。
まず紙の地図を渡される。
それをコピーした紙をつないで大きな地図を作る。
準備ができたら会社の人が営業方法をレクチャーしてくれた。


「香川県から愛媛県に行くには、国道11号って道がある。この11号線をずーっと行ったら、事務機屋さんや電器屋さんがココとココとココにある。そこ行って名刺渡して営業してきて?」


ムチャぶりにも程があるが、石器時代だったので、私は事務機のカタログを車に積んで四国中を走り回った。
愛媛に行って帰ってきたら次は徳島へ、次は高知へ。
深い山道や海沿いの道を1日600キロ走る日もあった。

 

高知のお客様に「朝8時に来て」と頼まれたら、高松を夜明け前の3、4時に出発しないと間に合わない。
その頃は高速もなかったので、朝焼けの国道をひたすら一人で走り続けた。

 

四国には私にわからない方言も多かった。
それでも仕事のポイントさえしっかり聞ければいいと思い、一つの習慣を徹底した。

 

言われたことは絶対書く

 

お客様から言われたことは必ず手帳に書き留めた。

商談が終わったら「今日お聞きしたことはコレとコレでいいですか?」と必ず尋ねた。

 

商品名、サイズ、数量……どれも間違えたら大ごとだ。
メモを取っても不安が残る時は、翌日電話で「昨日お聞きしたのはコレで合っていますか?」と聞き直した。

 

対面に比べて、電話は通話音量が上げられるので楽だ。
今はオンライン会議もあるし、ヘッドホンが使えて聞きやすい。

 

失敗もある。


手配したモノクロコピー機をお客様のところへ持っていく時、
「あれ、あのお客様はモノクロ機だっけ?カラー機じゃなかったかな?」
と不安になって確認すると、案の定、注文はカラー機だった。
品番を聞き間違えたのだ。

謝罪して納期を1週間遅らせてもらったが、末尾の数字1つだけが違うとか、品番の聞き取りは難しい。

 

パソコンのメールが普及してからは間違いが減った。
商談の場で手帳に書き、当日か翌日に必ずメールで
「ご質問いただいたことはコレとコレですね。何日までに回答します」
と送った。

 

手帳に書く習慣は今も続けていて、びっしりと小さな字で書いても年に2、3冊は手帳を買い替える。

 

こうして四国での日々は過ぎていき、その後転勤して役職が上がると、会議に出る機会が増える。

 

会議は関門だった

 

出席者がみんな大きな声で話すわけじゃない。
出席人数が多いほど、席も離れる。
「もう一回お願いします」と頼むのも気が引ける。

 

では、どうするか。

 

手帳に書いて、終わった後に確かめる。

 

聞き逃しが1つ2つだったら隣の人に、多ければ会議の後で議事録担当の人に教えてもらった。


大きな会合は鬼門だった


大きな会場で開かれる会合や懇親会も大変だ。
偉い人がマイクで話していても、スピーカーの音が割れたり小さかったりで、何を言っているか全然聞き取れない。

 

ガヤガヤした歓談も苦手だ。
目の前にいる人の声を聞きたいのに、そこにピントが合わなくて、会場の雑音も同じように耳に入ってくる。
健聴者は騒音の中でも会話する相手の声を無意識に選択できる。
カクテルパーティー効果といわれるらしいが言い得て妙だ。


いろいろ不便はあったが、一番つらいのはやっぱり静かな場所でひそひそ話ができないことだった。

 

静まり返ったオフィスで

 

みんなが集中して仕事をしている場では声を抑えて話すものだが、ひそひそ話は私にとって簡単ではない。

 

営業部長である私の席は少し離れたところにある。
そこへ時々、部下がやってきて相談事を持ちかける。
小さな声でひそひそと。

 

「部長、まだ社内秘なんですが、メーカーさんから情報管理システムを導入したいって内々に話をもらったんです。世界的なドでかい……。相談に乗ってもらえますか?」
「わかった。ここじゃなんだから場所を移動しようか。あっちの隅で聞くよ」

 

「部長、少しお時間よろしいですか。あの……実は……実家の父が……。それで介護休職のことで……」
「わかった。ここじゃなんだから食堂へ行こうか。人が少なくて話しやすい」

 

静まり返ったオフィスを離れて、ようやく私は「どうした?」と尋ねられる。
部下も普通の声量で話してくれる。
それでも気をつかわせることが申し訳なくてつらかった。

 

若かりし頃のデートでも

 

映画を見に行っても飲みに行ってもひそひそ話ができないから、しっとりいい雰囲気になかなかならない。
ハキハキ話す明るい性格だとは自覚しているが、恋には甘いささやきも求められる。

 

だから女性には付き合う前から伝えていた。

 

「ムードのあるところに行っても、ひそひそ話ができないよ?」

 

映画館で最初に流れる予告編を見ながら「今度はこれを見ようね」と顔を寄せて小声で話せたら、周りの人には迷惑だろうが、それもデートの醍醐味だ。

 

私の場合は「ごめん、ちょっと聞こえない」と耳に手を当てて聞き返すことになる。
ムードのない人間なのだ。

 

しかし、そんなことを全く気にしなかった女性が1人いる。

 

妻だ

 

彼女とは四国時代に出会って、付き合って、別れて、それきり会わないまま8年がたった、ある金曜の夜。

 

私は看護師さんとのコンパで盛り上がっていた。
でも明日の土曜は会社の慰安旅行で、幹事の私は朝早く集合がかかっていた。

 

なので終電が近づいた12時、みんなに「先に帰ります!」と言って居酒屋を出たその時。

同じビルのカラオケ店から出てきた彼女に、ばったりと出くわした!

彼女と一緒に来ていた友だちが私に気づいてくれたのだ。

 

こうして8年ぶりに再会し、その半年後、彼女は妻となり、今も私の隣にいる。

 

難聴のこともよく理解して助けてくれる。
わが家の4人の子どもたちが小さい頃は、しょっちゅうPTAの行事に引き出されて参加していたのだが、会う人ごとに「私、耳が聞こえにくいんです」とは言えない。

 

誰かが何か言うと、妻が横から教えてくれた。

「親子料理教室で草もち作るから、あなた、餅つき役だって。ふふふ、がんばって〜」

「今度、リサイクル品の即売会やるんだって。あなた、最近ゴルフしないよね?ゴルフクラブ出しちゃえ!」

そんな平穏な(?)日々が、ある時から大きく変わる。

 

マスクとアクリルボードが日常に

 

みんながマスクをするようになり、本当に、本当に声が聞き取りにくくなったのだ。

 

仕事場でも透明のアクリルボードが壁のように立ちはだかった。
訪問先の会社によってはテーブル全面に大きなボードが立てられて、声がくぐもってよく聞こえない。
お手上げだ。

 

あまりの聞こえにくさに悩み、「補聴器を買おうかな……」と妻に相談したら、「一度見に行ってみる?」と言ってくれたので、補聴器がある眼鏡店へ向かった。

 

「こんにちは。補聴器を使おうか考えているんですけど……」

「いろいろ種類はありますが、このあたりの耳あな型補聴器は2個で60万円から80万円ぐらいです」

ええぇっ!

「では、こちらの耳かけ型でしたらお安いですし、紛失しにくいですよ?」

「私、普段から眼鏡なんです。眼鏡かけて、マスクかけて、補聴器をかける? 3つも耳に? ないですよね……」

 

家に帰ってからも、耳かけ型は目立つよなぁ、耳あな型にしようかなぁ、でも高いよなぁ、と決断がつかなかった。

 

ちょうどその頃だったと思う。

 

シャープが新しい補聴器をつくるという

 

開発に向けての社内アンケートが回ってきた。
商品モニターも募集していたので「協力します!」と書いて送ったら、その後、依頼の連絡が来てうれしくなった。

 

私の部署にはもう1人、難聴の人がいたので
「一緒にモニターをやろうよ。それで2人で意見を言ってシャープの補聴器をつくろうよ!」
と誘った。

 

それからしばらくして「メディカルリスニングプラグ」のプロトタイプが送られてきた。

 

最初は、補聴器を着けてスマホのアプリで聴力チェックだ。
週末の夜中だったと思うが、いろんなパターンの音を聞いて質問に回答し、データを送信した。

 

すると翌日ぐらいに、聴力テストの結果に合わせてフィッターが調整してくれたデータがアプリに送られてきたので、本体に登録。
準備は完了だ。

 

少しの緊張と大きな期待の間を揺れ動きながら、私は補聴器を耳に着けた。

メガネとマスクで大忙しの耳にも、耳あな型補聴器だとすっきりはまる

小学5年生で難聴になってから数十年。
驚いた。

 

こんなにも周りに音があったなんて

 

換気扇がヒューと風切り音を立てて回っていた。

冷蔵庫がブーンと唸っていた。

電子レンジがチンと甲高く鳴っていた。

体温計が検温終了をピピピッと知らせていた。

子どもたちがドアを開け閉めする音にもドキッとした。

 

私の周りに突然、音があふれだした。

 

朝早く、まだ誰も出社していないオフィスでも使ってみた。

 

前は全く気づかなかったが、風切り音のような音がずっと鳴っている。
空調だろうか。
金属っぽい音が混じっているようにも感じる。
きっとこれまで聞こえていなかった高い周波数の音が、補聴器で聞こえるようになったんだろう。

 

気になることはチャットで相談した

 

風切り音は、アプリのチャットでフィッターさんに相談した。
設定データを調整してもらうと徐々に音は消えていった。

実際のチャットでのやりとり

ペンが机にコツンと落ちた時、補聴器から聞こえる音が一瞬飛ぶこともあった。
オンライン会議の機器をカチャカチャとセットしたり、ドアをバンと閉めたりした時にも同じことが起きた。

この件もチャットで相談してみた

相談すると「利用シーンによっては衝撃音抑制が働いている」と教えてくれ、調整してもらってこれも改善した。

 

メディカルリスニングプラグ」を購入した人は、最初はきっと補聴器初心者の私と同じように「思っていたのと違う」と悩むだろう。

 

でも調整をしていったら、自分好みの聞こえ方にどんどん変わっていく。
フィッターさんに気になることは全部伝えて、細かすぎるかなと迷う疑問も全部聞いて、自分好みに変えてもらったほうが断然いい。

 

だってお金を払って買ったんだから、その分、元を取りたいじゃないか。

 

私も自腹で購入した

 

モニターを2カ月ほど続けていた時、窓口の担当者から「メディカルリスニングプラグ」が2021年9月に発売されると聞き、「じゃあ、私が1番に買います!」と即答した。
してしまった!

 

だって私、シャープのグループ社員なのに、普通だったら社員割引があるはずなのに、時期が早すぎて割引がまだ設定されていなかったのだ!

 

口から飛び出した「1番」はもう帰ってこない。

だから私は定価で買った。

本体希望小売価格99,800円、非課税で。

しかも、故障や紛失などを上限金額ありだけどカバーしてくれるケアプラン税込33,000円もプラスして。

 

先ほどのチャットの相談も、購入後のやりとりだ。

 

私が元を取るために「メディカルリスニングプラグ」をどれだけ真剣に調整したか、本体希望小売価格で購入される一般の方たちと気持ちがどれだけシンクロしているか、おわかりいただけるだろうか。

 

トレーニングも真面目にやった

 

だって元を取らなくちゃいけないから。

 

アプリの中には「聞こえのトレーニング」がある。

 

いろんなメニューがあって、1番目は購入後すぐに「自分の声を聴いてみましょう」だ。
確かに、補聴器を着けてしゃべると自分の声が小さく聞こえる。
最初はなかなか慣れなかった。

 

そこから「1対1の会話をしましょう」「テレビの音を聴いてみましょう」と段階的にトレーニングをクリアしていくと、耳が次第に慣れていく。

 

トレーニングの成果は自分で5段階評価をつける。
私は仕事の「ミーティング」の場にもっと慣れたいと思い、最初は評価3をつけ、設定データも調整してもらって納得できてから5をつけた。

 

トレーニングは会話や生活音だけでなく、公園はどうだ?ショッピングはどうだ?車や電車はどうだ?講演や映画鑑賞はどうだ?と次々とボールを投げてくる。
大丈夫、子どもの時からボールはともだちだ。

5段階評価で5をつけた項目にはチェックマークがつく

これが面白いものでメニューに沿って行動すると、その場の状況に意識を集中させるからか、いろんな音が聞こえるようになっていることに気づく。

 

ある日、妻と買い物に出かけた

 

館内をエスカレーターで上がっていると、後ろに高校生たちがいて、なんとその会話が聞こえてきたのだ。

 

今までは他人の話し声は全然聞こえていなかった。
補聴器を着けて「へえ、これが高校生の恋バナか。え、そんな彼氏は別れなさい。お父さんは許しません」とか、「いやぁ、こんなに世の中の言葉って聞こえるんだなぁ」とか、いたく感心した。

 

着けたばかりの頃は「あれ?こんな音が気になるんだ」と思っていたが、設定データの調整で気になる音は収まり、トレーニングで耳が慣れ、アプリでも音量や音質を調整できることもあり、使いこなすほどに補聴器が自分になじんできたように思う。

 

さらに「シーン選択」といって、使用環境に合わせた10シーンの設定データをつくってもらえる。
本体には4つまで登録でき、私は「標準」「打合せ(少人数)」「会議(大人数)」「リビング」を登録している。

 

今ではもう手放せない

 

音の聞こえ方は相当変わった。
難聴の程度にもよるので人によって差はあるだろう。
それでも私はもう「メディカルリスニングプラグ」を手放せない。


ある時とない時の安心感が違う


会話がスムーズにできるようになった。
聞き返すことも減った。
「大きい声で話してください」とお願いすることもなく、私の方で音量をコントロールできる。
ありがたい。
本当にありがたかった。


特に会議の時は都合がよろしい。


補聴器本体の銀色部分はタッチセンサーになっていて、指でタッチすると音量を調整できる。
音量を上げたい時はトントンと2回、下げたい時はトンと1回。
左右どちらかを操作したら両方に反映される。

銀色の部分がタッチセンサーになっている

もし会議で「左」の人の声が小さいなと思ったら、その人から見えないように反対側の「右」をトントン。

「右」の人の声が大きい時は、反対側の「左」をトン。


はた目には、耳や頬に手を当てているだけに見えるだろう。

アプリでも操作できるから、スマホ使用がひんしゅくを買わない場なら画面を見ながら調整できる。


商談の時も必ず着ける


これまで初対面の方には、最初に「耳が聞こえにくいので聞き返すことがあるかもしれませんがご了承ください」と伝えていたが、今は少し違う。


「私、耳が聞こえにくいので、このメディカルリスニングプラグを着けてお話させていただきます」

「それ何ですか?イヤホンですか?」


私と一緒に商品モニターをした同僚が、商談に同行するときもある。
彼も「メディカルリスニングプラグ」を購入して使っているので、
「シャープさん、何ですか、それは?会社の流行りですか?」
と聞かれることもある。
違います。


さて、ここからの会話はセールストークっぽいが、シャープから「売って?」と頼まれたわけではなく、私と同僚の個人的体験をお披露目するアイスブレイクのおしゃべりだ。
2人とも愛用しているから、つい話に力が入る。


「これはですね、シャープが販売した補聴器で、私たち非常に気に入っているんです」
「へぇ〜。補聴器に見えませんね」
「スマホとBluetoothで連携するんですけど、マイクが内蔵されているので、スマホに電話がかかってきたらハンズフリーで通話できます。オンライン会議も対応できますよ。さらにですね、外出している時に音楽を聴いたり、出張中に新幹線でオンライン動画を見られます。空き時間にいいですね。家に帰ったら、テレビのボリュームを今までより下げて見られるので、妻や子どもに喜ばれています」
「いいじゃないですか!」


あるお客様からは
「うちの親も補聴器を使っています。面倒くさいのは電池交換なんですよ。私が代わりにやっているんですが、電池が小さいからすぐ落とす。電池交換がないだけでもいいですよね」
とおっしゃっていただいた。


以前、私が補聴器の値段に驚いた眼鏡店でも聞いた覚えがある。
補聴器の電池は、製品や使用時間にもよるが、1週間から3週間で交換が必要らしい。


私たちの話を聞いた後に購入され、「メディカルリスニングプラグ」仲間になった方も何人かいらっしゃる。


次にお会いすると「使いこなせていますか?」と聞かれる方も多い。

「当然です!」


ひそひそ話も、もう大丈夫


自分のデスクにいる時は補聴器を外していることも多いが、部下が小声で話したそうだったら、ケースから補聴器を取り出す、装着する、場合によってはセンサーを押してモードを切り替える。


そこまでわずか10秒ほど。


席を立って部屋の隅や食堂にわざわざ移動する必要もなくなった。


正直に言うと、商品モニターに応募した時は半信半疑だった。

本当にリモートで自分に合うようにフィッティングできるのかな?

医療機器なのに10万円弱で大丈夫なのかな?


それが今や愛用者だ。


もし私が仕事をしていなくて、家でテレビを見る時や家族と会話する時だけ使うとしても、買って良かったと思っただろう。


実際、補聴器を着けて会話すると家族の機嫌がすこぶるいい。

 

妻がとても喜ぶ。子どもたちも喜ぶ


妻と買い物に行く時にもできるだけ使う。

「せっかく買ったのに、私といる時はあんまり使ってないじゃない。もっと着けて慣らしたら?」
と妻がお尻を叩いてくれる。

 

きっと、大きな声で話すと何かと消耗するのだろう。
私の母や妻の母も、年を取って声が出にくくなった。
私と話す時は頑張って大きな声を出してくれるが、今は
「小さな声で大丈夫だよ」
と言える。


音楽もまた聞き始めた

 

四国時代は運転中1人だから、ラジオしか付いてない商用バンにラジカセを積んで、MDの時代はミニコンポを積んで、大音量で音楽を聞いていた。

 

その時以来、音楽からは遠ざかっていた。

 

メディカルリスニングプラグ」を使うようになって、再び音楽を聞く楽しみを取り戻したのだ。
懐かしい曲も聞くし、娘に「これ聞きなさい」と命じられた最近の曲だって聞いている。


街に流れる音楽もよく聞こえるようになった。

鳥たちのさえずりや虫の鳴く声も、耳をすませばかすかに聞こえる。


そうか。そうだ。

もう、聞こえるんだ。

静かな場所だって行けるんだ。

 

妻と2人でこれからは、静かな場所へ出かけよう。

 

静かな美術館でも、静かな寺院でも、静かなリゾートホテルでもいい。

若い頃は背伸びして行くレストランも、今ではすっかり似合う年になった。

 

どこか静かな場所で

ずっと苦手で、悔しくて、あきらめていたひそひそ話を

ずっと隣にいてくれた妻としよう。

 

「なぁなぁ、こっそり横のテーブル見てみ?あの女の人、おめでたなんだな。ほら、笑ってる。世界一幸せそうだな」
「うちの子たちも、いつかママやパパになるのかな」
「俺、おじいちゃんって呼ばれるんだよ?じいじとばあば、かな。グランパとグランマにするか」
「うちの子4人だから、孫なんて10人ぐらいできちゃったりして」
「お、野球チームができるな」
「それでさぁ、お孫ちゃんに、あのね、じいじ、たんぽぽ組のメイちゃんが好きなの。どうしたらいい?って内緒話されたら、どうする?」
「そりゃあ、決まってる。合コン行っても、必ず終電までに店を出ること。ほんとに好きな子は、そこにいるよ、って耳打ちするさ」
「ふふふ。そこにいるのがメイちゃんだったらいいね」

 

そんな私の夢に、妻は付き合ってくれるだろうか。

 

今夜、彼女にそっと静かに聞いてみよう。



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