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あの日、俺も難聴なんだ、と先輩が言ったから


近ごろ、人の声が遠い、気がする……。


マスクをつけましょう、人との距離を空けましょう、
オンラインで会議をしましょう、と言われるうちに、
人の声がどんどん遠くなってきた、ような気がする。

私は46歳。シャープの広島事業所で働いている。
目は年齢とともに悪くなってきた。
でも耳はまだ現役のはず。
老化、という言葉で片付けるにはまだ早い。
そう信じたい。

一人ひそかに葛藤していたら、同僚たちがサラリと解決してくれた。
「最近、テレビ会議が聞こえにくくて」「マスクしてると、ね」
そうなんですか? みなさんも、ですか? じゃあ、しかたないですよね、と気を緩めかけたところに、先輩が近づいて来て、こう言った。

実は俺、難聴やねん。

「え、そうなんですか!全然わかりませんでした……」

「自分からわざわざ言うことでもないしなぁ。
でもな、みんながマスクをつけるようになって、テレビ会議も増えて、前より聞こえづらくなってん」

「それは困りますよね……」

先輩は、本社が大阪にあるシャープらしく、関西弁でまったりつぶやく。

しかも、シャープのテレビ会議では英語が飛び交う。
日本語でさえ聞き取りにくいのに、英語だ。
某ハンバーガー店の名前も英語圏の人が言うと全く別物に聞こえる、あの英語だ。
先輩は英語がペラペラだったので、その点は問題なかったが、私のリスニングはヤバイ。
難聴の人はもっと苦労しているだろう。

ここで「難聴なら補聴器をつければいいのでは?」と温かいアドバイスが多方面から聞こえてきた、気がする。

同感である。
視力が落ちた人はメガネをかける。
コンタクトもあるが、ここではメガネ一本槍でいく。
人はどうしてメガネはかけるのに、聴力が落ちても補聴器をつけないんだろう?
特に、ヤングでミドルな世代のビジネスパーソンたちよ、なぜつけないのかお聞きしたい。

先輩と私は「補聴器って、おじいちゃんおばあちゃんがつけるもの、ってイメージがあるからじゃない?」と、自分たちも素敵なおじいちゃんおばあちゃんになる未来を棚に上げて推測した。

いや、ちょっと待てよ。


その読み、正しいのか?
本当は、なんで補聴器、普及してないんだろう?

私は真面目な性格だ。人からもよく言われる。
シャープではマーケティング部門に所属していたから、世間の人がなにを考えているのか、いつも考えている。

真面目な私は、先輩のこともあって、補聴器が使われない理由を調べだした。
新規事業のタネになるかも、とビジネスの神様が頭の中でささやいたことも否定はしない。

で、わかった。
補聴器を使いたくない理由は3つある、と。

ださい、たかい、めんどくさい

ちょっと標語っぽく言ってみた。
漢字にすると「格好悪い、値段が高い、面倒くさい」である。
その後、市場調査でわかったことも含めて、補聴器が使われない理由を一つずつ見ていきたい。


理由その1 ださい

「補聴器は格好悪い」と答えた人に、さて、その心は?と掘り下げていくと、「難聴だと他人に見られたくない」という心理があるようだ。

「お店に入るところ“も”見られたくない」らしい。
しかも補聴器販売店は滅多に行く機会がなく、コンビニにふらっと入るのに比べてハードルが高い。

さらに私の勝手な個人的イメージではあるが、補聴器といえば「ベージュ」「肌色」を連想してしまうのも「ださい」と敬遠される理由なのかもしれない。
今はカラフルな補聴器があることは知っている。
ベージュのおしゃれな服も知っている。
それでも私の脳裏に浮かぶのは、おじいちゃんが履くラクダ色のももひきであり、おばあちゃんを冬の寒さから守る肌着なのだ。


理由その2 たかい

補聴器について調べ始めて私や同僚たちが一番驚いたことがある。値段だ。

「両耳で120万円!?」「車が1台買えちゃうよ!」

みんな口々に叫んだ。もしお医者さんから「あなたは難聴だから補聴器をつけてください」とすすめられても、おいそれとは買える値段ではない。

まあ、これは極端な例だが、一般的な補聴器でも平均で両耳約30万円※かかる。それでも高い……。
※JapanTrak 2018 調査報告(一般社団法人 日本補聴器工業会調べ)の補聴器片耳(1台)の平均購入価格15万円より両耳(2台)分の価格を算出。

聞こえにくいのが片耳なら、補聴器を片耳だけ買えば安く済む、とも考えたが、両耳に装用することで音の方向感や距離感がはっきりすると知った。
片目でモノを見たときと両目で見たときを比べると、確かに両目のほうが疲れないし、モノに立体感がある。

2〜3万円の安い製品があった気もするので調べてみると、それは集音器と呼ばれるものだった。
「補聴器」は周波数ごとに聴力が低下しているところを補正する医療機器で、「集音器」は全ての音を大きくするものだ。

ひとつ良いニュースがあるとすれば、補聴器本体には消費税がかからない。
集音器やメガネ、コンタクトレンズには消費税がかかるのに、補聴器には国も優しい。


理由その3 めんどくさい

補聴器は、買って終わり、ではない。
普通は、購入したものを自分の聴力に合わせて調整してもらうため、何度も販売店に通うことになる。

まず購入時に販売店で聴力チェックをして補聴器を調整し、家に帰ってから日常生活で確認する。
まだ聞こえにくいなと思ったら、また店に行って調整する。
まだ聞こえにくいな、と、また店に行く。
まだ、また。まだ、また。まだ、また。
何度も往復するはめになる。
満足するまでの調整回数は3〜10回※という調査結果もあった。
※JapanTrak 2018 調査報告(一般社団法人 日本補聴器工業会調べ)

販売店が家や会社の近くにあればいいが、店が開いている時間に行けるとはかぎらない。
私なら会社を丸1日休むか、半休だ。
地方だと近くに販売店がない場合もあるだろう。
これでは面倒くさいと思われるのも致し方ない。

さて、ここまで補聴器が敬遠される3大理由について書いてきたが、実は、シャープが行った調査で補聴器をつけたくない理由「1位」だった回答は、別にある。


年齢が若いから、まだ困らない。


そりゃ、そうだ。
一瞬、脱力しかけたが、ここで私は自分に問う。
「いや、ちょっと待て」と。
なんなら、かの有名なセリフ風に重ねて問う。
真面目な性格だから口に出しては言えないが、文字だったら国民的スターのセリフも照れずに言う。


ちょ、待てよ。

これって、本当は聴力が衰えてきたのに、まだ若いからと自分に言い聞かせ、見ないフリ、いや聞こえてるフリをしてる人がいるんじゃないか。

ここで再び市場調査※を見てみたい。
それによると、日本には軽度難聴者から中等度・高度・重度難聴者まで、難聴を自覚している人が推定で約1,430万人いて、全人口の11.3%を占めるという。
10人に1人、40人学級ならクラスの中に4人だ。
わりと、いる。
シャープの社内で感じた私の肌感覚にも近い。
※JapanTrak 2018 調査報告(一般社団法人 日本補聴器工業会調べ)

だが、軽度・中等度難聴者のうち、88%の人が補聴器を持っていない。
難聴の自覚があるにも関わらず……。


聴力の低下は30代から始まっているのに。

聴力は30代から徐々に低下し、40代、50代と歳をとるにつれて難聴の人は増えていく。
しかも音が聞き取りづらい状態を長くそのままにしておくと、まずいことになる。


脳が音を忘れてしまうのだ。

聞こえにくくなったら、早い時期から補聴器を使い始めて、脳が音を忘れないようにする必要があるという。

となると、悠長に構えていられないはずなのに、補聴器を使う人はなぜこんなに少ないのか。
他人の目を気にしすぎる国民性のせいだろうか。
がぜん、海外の補聴器事情が知りたくなってきた。

調べてみると、欧米では難聴自覚者のうち、約30〜40%の人が補聴器を使っているらしい。
背景には、退役軍人に「補聴器をつけなさい」と補助金を出すなど、国の制度が整っていることがあるようだ。

しかもアメリカには、難聴の診断から補聴器の調整、リハビリまで行うAudiologist(オーディオロジスト)という国家資格がある。
聴覚の専門家が高いクオリティで補聴器をフィッティングしてくれるから「補聴器っていいね、使えるね」とポジティブなイメージが広がるのだろう。


もちろん日本にも補聴器のスペシャリストがいる。
国家資格である「言語聴覚士」は、ことばによるコミュニケーションに問題がある人を支える専門職だ。
業界団体が認定する「認定補聴器技能者」も、長い講習期間や厳しい条件を乗り越えて資格を取得した尊敬すべき人たちだ。


日本の問題点は、経験がなくても、資格がなくても、お店に言語聴覚士や認定補聴器技能者のような専門家がいなくても、補聴器の販売やフィッティングができるところにある。

十分な知識や技術を持っていない人が補聴器をフィッティングすれば、当然、精度は低いし、使う人の満足度も低い。
こうして日本では「補聴器ってどうなのよ?」と誤解されたまま、ネガティブなイメージができあがった。


それこそ、どうなのよ。私は嫌だ。


俺は難聴なんだと教えてくれた先輩にも、テレビ会議が聞こえにくいと困っていた同僚にも、メガネをかけるように気軽に補聴器を使ってほしい。
私だって補聴器ドンピシャ世代の一人だ。


ある時、サンプルとして他社の補聴器を机に並べていたら、通りがかった社員に声をかけられたことがあった。

「あれ、補聴器つくるの? 僕も耳が悪いから早くつくってよ」

一人だけじゃなく、何人も、いた。
若い人も、いた。
補聴器は高齢者のものだと思い込んでいた過去の自分を叱ってやりたい。
多くの人が今、市場にある補聴器ではなく、新しい補聴器を待っていた。


──私の身近な人たちが教えてくれた「困りごと」は、やがて、この後、シャープの耳あな型補聴器「メディカルリスニングプラグ」につながっていく。
新発売のプレスリリースに次のように記されている。


「ニューノーマル生活ではマスクの着用やソーシャルディスタンスの確保、オンライン会議の増加などにより、会話時の聞き取りづらさを自覚する人が増えています。

リリースらしく要点を絞った短い文章。
たった数行ではあるが、その裏には先輩や同僚たちの実体験が息づいている。

身近な人たちの困りごとは、みんなの困りごとに通じている。
市場調査の中に埋もれた人たちの困りごとを、私たちが解決できれば……。
彼らの期待に応えようと、補聴器の課題や可能性を調べれば調べるほど、次第に確信が強まっていく。


シャープなら、できるんじゃない?


「もしかして、スマホをつくっている私たちだったら、新しい補聴器ができるんじゃないか」と誰かが言った。
なんだ、その自信はどこから来るんだ根拠はあるのかと詰め寄られそうだが、私は「あぁ、そうか」と腑に落ちた。


スマートフォンというものは、小さなボディの中にものすごく高度な技術をギュッと押し込んだ製品であり、同じように、小さな補聴器も高度な技術の塊なのだから。似てる。いける。
こうして補聴器の開発が新規事業として走りだす。


私たちは誰に向けて補聴器をつくるべきか、プロジェクトチームによるディスカッションが始まった。
あの人この人を思い浮かべ、私の気持ちはビジネスパーソンまっしぐらではあったが、仕事というものは何はともあれ数字の裏付けが求められる。


そこで、くだんの市場調査を再び眺める。
さきほど「軽度・中等度難聴者のうち、88%の人が補聴器を持っていない」と述べたが、他にも「年齢別」の興味深いデータがあった。

難聴者の数は、年齢が上がるにつれて増えてくる。
ところが補聴器を持っている人は年齢が上がっても一向に増えない。
ようやく補聴器所有者が統計グラフに現れるのは大体65歳を過ぎてからで、この傾向は男性のほうが顕著だった。

ビジネスパーソンを助けたい。


65歳、たぶん定年。
リタイアして仕事から解放されるまで、現役世代の人たちがずっと不便をガマンし続けている姿をありありと想像できた。泣ける。
しかも私は現役世代のリアルな声を知っている。
この世代にこそ届けるべき補聴器があるはずだ。
WEB上に散見する補聴器のネガティブなイメージを払拭できれば、潜在的ニーズにリーチできるだろう。

私たちは「シャープがつくるんだったら、どんな補聴器ができる?」をテーマにディスカッションを重ねた。

シャープなら、どうする?


「やっぱり、もともとスマホをつくってる部署だから、スマホと連携する補聴器がいいよね」

「連携って、どんなイメージ?」

「スマホをリモコンみたいにして補聴器をコントロールできたり……」

「スマホから出る音楽が補聴器から聞こえたり……」

「スマート補聴器かっ!」

突っ込んだわけではない。
思わず膝を叩いただけだ。


脇道にそれるが、シャープの家電は、しゃべる。
まあ、他社もそうだが。

シャープには、AI(人工知能)と IoT(モノのインターネット化)を組み合わせた「AIoT」を進めるというビジョンがある。
もともと家電製品やモバイル機器のために生まれた技術で、今では幅広いビジネス領域で、デバイスのIoT化やサービス連携、音声対話などを容易にしている。


本筋に戻る。
補聴器を企画している時、最初は操作の状況をピッピッと音だけでお知らせしようと考えていたのだが、この補聴器ができたら使うよと楽しみにしているプロジェクトメンバーが、目をカッと見開いた。


「なに言ってんだ。スマート補聴器なんだから、しゃべってくれよ」


ごめんなさい。
おっしゃるとおりです。

かくして補聴器には音声案内が搭載され、「充電できています」「電池残量が少なくなっています」「ペアリングできます」など、シャープらしく、しゃべるスマート補聴器へとなっていく。

他の補聴器メーカーでも音声案内ができる製品はあるが、ものによっては英語だったりする。
例えば「paired」。うん、わかる。
電機メーカーの社員だし、わかるが日本語の案内はやっぱり優しい。


私たちはあれこれ寄り道しながらも、徐々に開発の方針を固めていった。
そして、もういちど思い出す。
補聴器を使いたくない3つの理由を。

「ださい、たかい、めんどくさい」

憎き3大理由を解決しよう。初志貫徹。ぶれずに行く。


1. デザインがださいなら「カッコよくする」


耳につける補聴器の形状は、日本市場では大きく分けて2つある。
耳に引っかける「耳かけ型」と、耳の穴に入れる「耳あな型」だ。
近年までは耳かけ型が圧倒的に多かった。


耳かけ型のメリットはいろいろあるが、残念ながら「補聴器然」というか、見るからに「This is 補聴器」になってしまう。
難聴だと他人に見られたくない人が多いのだから、補聴器に見えないクールでスタイリッシュな「ワイヤレスイヤホンスタイル」の「耳あな型」はどうだろう?

時代の追い風も吹いていた。
2018年、19年頃から世間ではワイヤレスイヤホンがはやり始めていた。
都会で電車に乗ると結構な確率で見かけたものだ。
学生風の人は言うまでもなく、通勤中の社会人もつけていた。

デザインのベースとして「耳あな型」を選んだのには、他にも理由がある。
マスクだ。


耳の周りが大渋滞。

近年はマスクをつけることが日常になった。
そんなとき、耳かけ型では、マスクを外した瞬間に補聴器までポロッと落ちてしまう。
メガネもかけていると、マスクに、補聴器に、メガネにと耳の周りが人気の一等地になって大渋滞を引き起こす。


補聴器の風向きも変わってきた。
近年までは耳かけ型の補聴器が主流で、今も耳かけ型が多いことは認めるが、最近はマスクに干渉しない「ワイヤレスの耳あな型」が増えている。
音楽を聴くイヤホンも同様だ。

なんでも世の中には、オンライン会議以外でもワイヤレスイヤホンを常に装着している営業もいるそうだ。
いつお客様から電話がかかってきてもいいように、スマホと連携しているらしい。
もしかしたら野球中継を聞いているかもしれないが、社会人の一日は長い。
少しぐらいは許してほしい。


ビジネスシーンでの使用を想定するなら、色も重要になる。
従来のような肌と同色系なら目立たないかもしれない。
でもクールじゃないよね……。
それなら黒だ、いや白だと賛否両論、意見が分かれ、モニターアンケートを取った結果、「黒」を推す声が多かった。
よって、色は渋いマットブラックに落ち着いた。

購入時には、スマホにアプリをダウンロードして操作する。
アプリの背景色もブラックにした。
医療機器にはホワイトやブルーがよく使われる。
この補聴器も後に「管理医療機器」の認証を取得するのだが、ビジネスの場で映えるブラックにこだわった。

補聴器を収納する充電ケースはマットシルバーだ。
デスクに置いていてもステーショナリーやデジタルガジェットのように見える。
補聴器が入っているとは、まず気付かれないだろう。

メディカルリスニングプラグ
マットブラックの本体とマットシルバーの充電ケース


2. 値段が高いなら「安くする」


さて、両耳で平均30万円する補聴器を、シャープならいくらにするか。

結論は両耳99,800円。
充電ケース込み。非課税。

キュッパでお得感をアピールしてみたが、要するに10万円以下、一般的な補聴器の1/3の値段に抑えた。

私たちがどうやってこの値段を実現したかを振り返る前に、なぜ「補聴器は高いもの」と思われているのか、から考察したい。

一般的な補聴器は、購入すると永久的なアフターサービスが付いてくる ことが多い。
補聴器を無料で調整してくれて、調子が悪くなったらいつまででも無料で見てくれる。

無料……?

それって、もともと補聴器の値段に入ってるよね……?

補聴器の代金と技術料がセット。
だから両耳30万円に値段が跳ね上がる。

しかも、補聴器の寿命はそれほど長くない。
厚生労働省の目安では、耐用年数は「5年」
汗やホコリにさらされ続ける精密機器ゆえの宿命か。
寿命が5年なら「永久的」は過剰サービスになりかねない。
「高価だから」とためらう人たちを減らしたいのに。
さあ、どうする、シャープ?


携帯電話の常識を、補聴器にぶつける。


私たちは、携帯電話のビジネスモデルを補聴器にぶつけることにした。
携帯電話は、本体を買って、回線契約の料金を払う。
物とサービスが別々になっていて、サービスは料金プランの中から好きなものを選ぶのが通常だ。

その常識を黒船ばりに補聴器業界に持ち込んだせいか、おかげさまで発売後、私たちの補聴器は「価格破壊だ」と騒がれた。


サービスについては、購入後の調整・フィッティングを「無料で90日間※」何度でも受けられるようにした。
ほとんどのお客様は、その無料期間内にフィッティングが完了するからだ。
軽度・中等度の難聴に限ると、早いと2週間から1カ月ぐらいで済むことが多い。
※2022年7月28日以前に製品を購入された方は60日間。


もちろん半年、1年とサポートしてほしいと望むお客様もいらっしゃるだろう。
そんな方のためには有料の「ケアプラン」をオプションで用意した。
1年間のフィッティングサポートや、5年間の延長保証と盗難・紛失補償などが付いていて、購入後も安心していただける。

その他、フィッティングサポートを60日間追加できる「リモートフィットサービス(追加)」も提供するようにした。


リモートフィットサービス期間

私たちは、補聴器を手が届きやすい値段に抑えて多くの人に届けたいと考えていた。
なんせ同僚が購入しようと待ち構えているから、高くなったら絶対に怒られる。
余分なサービス料を機器の代金に上乗せしない。
必要な人に必要な分だけサービスをお届けする。
それが私たちのポリシーだった。



3. 来店が面倒なら「リモートにする」


「補聴器販売店に何度も行くのは面倒」
「店に入るところを見られたくない」
という声に加えて、
感染対策として「外で人に会いたくない」、
そもそも「外出したくない」人も増えた。


ならば、スマホで完結させるまで。


補聴器はスマホとBluetoothで接続し、スマホに専用アプリをインストールする。
このアプリで最初の聴力チェックからリモートフィッティング、聞こえのトレーニングまで全て、店に行かず、自宅でできるようにした。
アプリそのものが担当者となり、販売店に代わるコミュニケーション窓口になるイメージだ。

アプリの先には「COCORO LISTENINGサービスセンター」があり、そこには「認定補聴器技能者」「言語聴覚士」の資格を持つフィッター(調整者)や専門フィッティングスタッフがいる。

彼らがリモートで一人ひとりの聞こえに合わせて補聴器のデータを調節し、アプリに送り返す。
お客様とフィッターとのチャットや、顔を見ながら話すビデオカウンセリングも、アプリでできる。

メディカルリスニングプラグ購入後の流れ

アプリがフィッターに直結していることを示すために、UIデザインにもこだわった。
ホーム画面の下方ど真ん中に、人物の絵を描いたオレンジ色の丸を置いた。
チャットのボタンだ。
他のメンバーから「ここ、ジャマじゃない?」と邪険にされても、フィッターにつながる窓口は一番目立つところに、と決めていた。

COCORO LISTENINGアプリ画面
ホーム画面下方ど真ん中にあるチャットのボタン

──その後、「メディカルリスニングプラグ」はグッドデザイン賞を受賞することになる。
製品の意匠だけでなく、補聴器を購入してフィッティングする「体験」全体をデザインした点が評価された。
アプリは、その象徴なのだ。


補聴器の聞こえは、フィッターの質によっても大きな差がつく。
そこで、補聴器を取り扱う全国展開の企業にご協力いただき、優秀なフィッターを確保した。
彼らはサテライトオフィスのように各地で日々、フィッティングを行っている。
リモートだから実現できたことの一つである。


さらに医療機器の「メディカルリスニングプラグ」は、販売するにも、倉庫で保管するにも許認可がいる。
資格を持った信頼できる企業を提携先として確保した。


ついに全てのピースがはまった。


製造、サービス、物流、販売……どれか一つでも崩れたら、うまくいかない。
業界でも珍しいビジネスモデルだけに「初めて」のことだらけだった。
細部まで抜けがないか、最後まで漏れがないか、私の真面目さも役に立ったように思う。
構想から発売まで、本当に長かった。


発売後から私たちは継続してお客様に感想をお聞きしている。
温かい声も厳しい声も全て次につながる。
褒められると伸びるタイプなので、特にお褒めの言葉は牛のように何度でも噛みしめたい。


「こういうワイヤレススタイルを待ってたんだ」


「親が補聴器を使っていたから、何回も何回も店に行かないといけないのを知ってて、嫌だな、面倒だなと思ってました。
リモートフィットサービスって、いいよね」


「私ね、オーディオイヤホンの高級機種を愛用していたんですが、補聴器が必要になってきた。
でも耳の穴は2つしかないから、音楽を聴こうとしたら付け替えなきゃいけない……。
それが、シャープの補聴器ならBluetoothで音楽も聴ける。
補聴器とオーディオイヤホンの併用機としてはベストな音質じゃないでしょうか。」

補足すると、「メディカルリスニングプラグ」には高級インナーイヤホンにも多く採用されるバランスド・アーマチュア(BA)型ドライバーを使っている。
そっとお伝えしておく。

オーディオ機器として使う以外に、マイク付きのハンズフリーイヤホンとしても重宝されている。
「オンライン会議が増えたから助かっています」
と喜んでくださるお客様も多くいらっしゃった。

タッチモードで切り替え
ストリーミングモードやハンズフリー通話にも対応


ふとした時に、私はそんな声を思い出す。
現役世代のための補聴器をつくって良かったとしみじみ思う。
うれしい誤算もあった。
高齢者の方たちに多くご利用いただいていることだ。
日本でスマートフォンが普及し始めてから10数年。
人生の先輩方、お待たせしました。
スマホを使って補聴器はここまで進化しました。


そして、私は願う。
メガネのように、補聴器もビジネスの場で当たり前に使われる世の中になればいいなと願う。


──と美しく終わりたいところだが後日談がある。
例の「俺、難聴やねん」の先輩は、今はもうシャープにいない。
卒業して次のステージへと進まれた。
先輩、どこかで「メディカルリスニングプラグ」を使ってくれていますか?

私たち、やり遂げました。






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