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ヲタサーの姫とコージーコーナーの店員と

「生クリーム、嫌い。甘いのイヤ」
「あー寒い」
「ここ暑くない?」
「痒い」
「うぅぅぅ。やす子すごい……頑張ったね」
2カ月前に別れた彼女は、自分がさもヒロインであるかのように振る舞って生きているところが苦手だった。いや、嫌いだった。

でも、かわいかったし、周りからの評判も良かったから、結構引きずってしまい、マッチングアプリや合コンに手を出しても、元カノを超える子にはなかなか出会えなかった。
あんなに嫌いだったのに……。

そんな元カノや学食をともにする友達に黙っていることがある。
いっちょ前に1軍大学生ライフを送っているように見せかけていた俺だが、カードゲームにハマっていた。
周りにプレーヤーがいないことから、こっそり都心のほうのキャンパスにある「カードゲームサークル・マイターン」に所属している。
部室はどんよりしてなんだか妙な(ちょっと前のブック●フのような)匂いが立ち込めていたが、俺は匂いにも、部員やサークルにも興味はない。
ただ、カードを極めたいだけ。俺のデッキの実力を試したいだけ。誰も友達を作らず、対戦に夢中になっていた。

そんなある日、サークルに女子がやってきた。
普段は物静かなカードヲタクたちの雰囲気が変わったのが、一瞬で分かった。よく見れば今日はヨレヨレのTシャツを着ている者やクロックスを履いているヤツがいない。この子は毎週火曜にだけ、顔を出すことを知っているらしい――。
「こいつら……」
彼女は1万前後ぐらいの女子大生が着ているとは思えないヒラヒラとしたワンピースを着ている。長い靴下から覗くふくらはぎがちょっと太めでそこばかり気になる。
「あたし。今日バイト早いんだよなぁ」
「昨日寝たのに眠い」
「メメのドラマ観てなかった」
こいつも、どうやら元カノと一緒で、自分を物語の主人公だと思っているタイプのようだ。
しかし、元カノぐらいかわいくておしゃれで、胸も大きければギリ許せるけれど、こいつが主人公に当たる要素は見当たらない。
しかし――。
サークルメンバーたちはデッキの切り札を出すときのテンションで彼女にかっこつけて話しかけている。
「んもー、やめてよ」
見てられない。俗にいうあれだ。

結局、深夜までゲームをしてしまい、終電で帰ることになった。
するとバイト終わりの「姫」がやってきた。
なんか酒を飲んでいて、「姫」に拍車がかかっている。

気がつくと、カラオケにいて、俺も呑んでしまっていて、また気がつくとキスをしてしまっていた。
もう、彼女は当分できないと思っていたのに。
カードゲームの死闘で頭を使いすぎて、数時間前の記憶がない――。
最悪。俺は天を仰ぐ。首筋をすりすりとねぶく「姫」。
俺は身を委ねるしかなかった。

俺は「姫」と週2ぐらいで遊ぶようになっていた。
サークルの奴らにも、キャンパスの奴らにも、このことは知られたくない。

その日は「姫」が俺の家に来ることになっていた。
「甘いモノ、食べたい」
とうるさいので、レベルに合わせてコージーコーナーに寄ってあげた。
ディオールの路面店に入ったときぐらい喜ぶ「姫」が滑稽に思えたが、同時にかわいくも思えてきていた。
最悪。俺は床を見つめ、うつむく。

「いらっしゃいませ」
コージーコーナーの店員が近づいてくる。聞いたことのある声に思わず反応した俺は店員のほうを見る。
それは、すっかり地味になった元カノだった。
ピンク色でチェック柄の制服がこんなにも似合うとは……。驚いてしまう。
向こうは向こうで驚いているが、気がつかないふりをしている。

気まずい沈黙を切り裂くように、甲高い声で姫が注文をする。
「エクレア2つとWシュー2つ。他は?」
「え…ああ、いいよ、それで」
「かしこまりました」

キャンパスをキラキラと輝かせていた元カノがショーケースから俺たちの注文を詰めている。

この2カ月で何が起こったのか、自分で自分が怖くなった。
チラリと元カノと目が合う。意味深な笑顔を浮かべる。
姫は姫で、俺たちをん?って顔で見ている。
俺もそんな気まずい感じに戸惑っている。
「…………あの。桃のショートも」


最悪。
俺も自分が主人公の部類の人間だと思っているようだ。自分で気づいていないパターンの。めんどくさい設定のあれだ。

つまり、俺の物語は始まろうとしていたのだ――。

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