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女子高生作家になりたかっただけ

卒業式を迎える、前の前の、前の日。桜も梅も芽吹く前の3月1日。

あたしは、初めて乗る路線の終点で降りて、近くの海岸に向かった。
高校の卒業が決まり、春からは教育大学に行くことが決まっていた。
23センチの小さい足跡が浜辺に着いては消えていく。
そんな光景に目をくれず、あたしは憤っていた。

何でだよ。
意味わかんない。
クソが。
最悪。
みんな無能!
クソが…………。

知らない終着駅にフラリとやってきた理由、この怒りには理由がある。

あたしは、高校生のうちに作家となり、売れることが夢だったのだ――。

大学生になってからのデビューなんてありきたりだ。なんのヒキもない。
なんのセンセーショナルさもない。
女子高生で作家、そのギャップがいいのに。あたしの憧れだったのに。
見た目だってメディア映えするし、物おじしないタイプだから堂々としゃべることもできる。

何より、小説に自信があった。
テーマ、切り口、文体、構成、セリフ。
2年前に文学賞を獲ったアイツと比べてもワケが違う。

ま、とにかく。
女子高生作家になりたかったのだ。絶対に。


中1からずっと小説を書いていた。寝る間も勉強もする間も、恋愛をする間も惜しんで。バスケ部の豊川君に告白されたときも歯を食いしばって断った。

とにかく。
それぐらい女子高生作家になりたかったのだ。

ここがZ世代。
電源を消していたスマホが気になりだして、ついつい電源を付けてしまった。
留守電が何件か入っている。検索すると、出版社の文芸部のものだと分かる。
「来た。まだ間に合う? え、無理か」

連絡を繋ぐと、担当がうれしそうに電話に出る。
「先日は応募いただきましてありがとうございます」

受賞はしなかったがあたしの年齢や学校名を見て、食いついてきたに違いない。実は制服で取った顔写真付きの履歴書も入れていた。
純粋無垢にみせるために――。
来た。来たね。これ。

「――もしよろしければ、大学生のバイトを探していて……」
「書評のリライトなんで。多少、文学に精通しているというかお好きな方がいいなと思って。次から大学生ですよね?」

あたしは受話器マークを押していた。ツーツーという音が波音とリンクする。

女子高生作家になれなかった。
大学生になってから、小説を書くことなんてできるだろうか。
満ちてきた波がスニーカーに染みていく。
「きゃ」
逃げるように海岸線から遠ざかっていくときのあたしは、きっとすっごく女子高生だったと思う。

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