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真綿で締められるような恋

じわじわ、じわじわ。その人はアタシの心を締め付けてくる。

優しいけれど、会社でひときわ目立たない存在で、なんだったら少し嫌われている小山田さん。あたしの3つ先輩にあたるが、仕事の覚えも悪い。
月の頭は憂鬱そうだし、月の中頃はお腹が痛そうだし、月末はクマだらけ。
会議であくびをしては怒鳴られている。

じわじわ、じわ。

きっと自分のことで精いっぱいのはずなのに、小山田さんは人の面倒ばかりみようとする。普通に心配になる。小山田さん、上司にレポート頼まれていたはずなのに。

じわじわ、じわ。

あたしのプレゼン資料をホッチキスで必死に留めてくれる。表紙と裏がそろっておらず、留め口もぐちゃぐちゃで迷惑極まりないけど、この人に「大丈夫です」と言って、断る術をあたしは知らない。

じわじわ、じわじわ。

駅まで傘を差して送ってくれる。女子なんだから折り畳み傘ぐらい持ってるよ。てゆーか肩を当ててくるのはわざと? 物理的な距離感も心理的な距離感もバグっているんですけど。

ちょっと苦しいかも。

「まぁイイ人だけどね」
「イイ人ぐらいしか、イイところないっていうか」
「まぁきついよね」
女子社員の間でこんな会話がなされていることを知っているのかな。

首に違和感が残っている。

駅に着くと、傘についた雨をバサバサと振りはらう。当然歩行者にかかるのだけど、小山田さんが気づくわけもない。

「お疲れ様です。また明日」
「あ。僕、リモートだから」
「……そうですか」
コミュニケーションも終わっているんだった。

じわじわ、じわじわ。

あたしは気絶していた。
小山田さんの真綿を締め付けてくるような女心を揺さぶる振る舞いにやられたのだ。

小山田さんは救急車を呼んで、あたしを病院に運んだ。
いや、恋だから。
救急車代、高いんだからね。

翌日、普通に出社できたけど、小山田さんはいなかった。
そりゃそうだ、今日はリモートワーク。

小山田さんはいつだってこうして、あたしを恋に落とす。


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