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綿帽子 第二十話
眠れぬ夜が明け、朝が来た。
太陽の光を感じられる喜びは何事にも変えられない。
自分が生きていると一番実感できる瞬間だ。
本当は散歩に出たりしたいけど、用心の為2〜3日、いや4〜5日は様子を見よう。
次の受診日までには一度は散歩に出たい。
お袋が食事を運んで来てくれた。
後ろの方から犬の鳴き声が聞こえる。
おそらく居間にいるのだろう。
「今日何が食べたいか?」と聞かれたので、焼きそばが食べたいと答えた。
昼に食べのたか夕食になったのか、もうよく覚えてはいないけど、とにかく焼きそばが食べたかった。
食事以外楽しみがないのは変わらない。
立ち上がると足元はふらつき、首はまるで赤ん坊のように座らない。
首だけがまるで、イカの足のようにグニャグニャとして頭の重さを支えられないような感覚になっている、相変わらず全身隈なく痛い。
立ち上がって、二、三歩歩くのも辛い。
上手く身体のバランスが取れないというか、体感的には意識と体がうまく連動できていない。
力の配分が上手くできないのだ。
上手くコントロールできないので、余計な比重が思わぬところにかかり、その度に痛みが激増する。
この全身に渡る痛みが一体いつまで続くのだろうか。
「一ヶ月もすればなんとかなるだろう」
この時はそう思っていた。
しかし現実は思い通りにはいかない。
完全に痛みが体から抜けきるのに、二年という時間を費やすこととなる。
足の裏の痛みだけは、ほぼ六年経過した今でも時折起こっている。
「こんな状態で本当に人生をやり直せるのだろうか?」
不安の上に不安を重ねる日々が続いた。
ここまで心身共に弱り切ったのは生まれて初めてのことなのだ。
改めて思う感染症の恐ろしさ、その進行の速さ。
親父は末期の胃癌で、気づいてから半年しか生きていられなかったけれど、俺は僅か一週間足らずで命を落とすところだった。
一応完治したと言われてはいるが、原因不明なのは変わらないので、それが分かるまでは用心を重ねなくてはならない。
「人間落ちるまで落ちたらあとは上がるだけ」
よく耳にする言葉だけれど、
それは傷口が免疫の力によって徐々に塞がってゆくように、完全に傷が治った時にやっと普通の状態に戻るだけで、それ以上のことはその人がそう感じるか否かということなのだと思う。
俺は何より今までも何もなかったと感じている人生が、このまま何もないままで終わってしまうのが一番恐ろしいのだ。
消えるときにはせめて「自分がこの世に生きていた痕跡を何か残しておきたい」そう思っている。
しかし、たったそれだけのことも叶わないのかもしれない。
そう思うと眠れない夜が加速するのだ。
一日中親父が使っていたベッドの上で眠る努力をする。
努力するのだが、このまま眠ってしまったら「もう二度と目を開けることはできないのではないか?」
そんな恐怖感が頭から離れない。
病院ではほとんど眠れなかったというよりも、眠ることを恐れていたのだ。
そして気づいたことがある。
人間は人生の大半を恐怖と不安に支配されている。
努力によって不安を和らげたり、恐怖をコントロールすることは可能だが、それは思っている以上に難しい。
一度与えられた恐怖は脳が覚え、それを恐怖を伴った不安として記憶する。
記憶というものは厄介なもので、自分が頭から消し去りたいと思えば思うほど、その記憶は深くメモライズされていく。
それならば、感じた恐怖に打ち勝とうと全く真逆のことを考えてみたとする。
しかし根底には恐怖を打ち消そうという意思が働いているのだから、深層心理にはその原点となる恐怖の元なる物が存在しているはずなのだ。
ということは、打ち消そうとする行為は常に恐怖と同時に存在していることになる。
「ややこしい」
そういえば、親父は入院中ずっと俺が持参した本を読んだりジャズのCDを聴いたりしながら時間を潰していたのだが、ある日突然もういいと言い出した。
どうしたのかと尋ねれば
「読んでももう意味が分からないんだ」
CDも聴かないのかと尋ねれば
「もう聴いても面白くないんだ」
と答えたまま黙り込んだ。
手術が始まるその時までズート・シムズのCDを聴いていた親父がジャズに全く興味を示さなくなっていた。
当時は不思議に思うだけで、親父の取った行動は謎でしかなかったけれど、ようやくその答えが分かった気がする。
親父はもうその時には、そんなことにさえ時間を割くのが惜しかったんだって。
そしてそれが、ただの気休めにしかならないってことが虚しくてしょうがなかったんだって。
そんなことに時間を費やすのなら、少しでも長く沈まぬ太陽を見ていたかったんだって。
だからあんまり「馬鹿野郎、馬鹿野郎」って言うなよ。
死んでから出てくるなら、もっと気の利いたことを言って励ましてくれよ。
馬鹿だってことはよく分かってるんだよ、ここでまたなんとかしてみせたらいいんだろ?親父がもうそっちで心配しなくてもいいように。
あれが俺の息子だってそっちの友達に自慢くらいできるように。
親父が誇りに思えるような息子になるって約束するからさ。
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