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綿帽子 第十四話

「自力トイレ来たー!!」


「めでたし、めでたし」


回復しだしたので、トイレまで自力で行くように指示される。

個室内にあるトイレまでの僅かな距離が遠い。

相変わらず鏡で自分の顔色を見ると、うんざりしたりはするのだが、前進したことに変わりはない。

「気になるのは便の色だ」

緑色の便が出続けている。

顔は青い、便は緑でまるで野菜な俺。

担当の看護師さんに伝えたら、整腸剤が食後の薬に追加された。

点滴はさらに減って一本になった。

血液中の酸素量が少ないらしくて、酸素マスクを促されたりするが拒否を続けている。

今のところできることはトイレへの往復と変わらず白い壁を眺めていること。

この二つだけだ。

そうやって一日が過ぎていく。

以前入院していた時は、雀が寝床代わりに使っている木を一日中ボーっと眺めていた。

それが唯一の楽しみだった。

今はそれもない。

しかし、今回俺は新たな発見をした。

何故手元にあるのかはハッキリとは分からないのだが、愛用のiPhoneの他にXperiaがもう一台部屋にある。

意識朦朧としていたのだから、自分の携帯を2台も持って来れる余裕などある筈はないのだが、兎にも角にもあるのだから仕方がない。

普段ほとんど使う機会のないXperiaだが今こそ役立つ時が来た、専用のイヤフォンもちゃんとある。

俺は看護師さんの目を盗んで、某有名かつ比較的安全と言われているアダルトサイトなるものに潜入した。

存在を知ってはいたが、初体験はなんでも気を使うものだ。

迂闊に触って病院内で四苦八苦することだけは避けたいので、試行錯誤してサンプル動画という物だけを閲覧する事にした。

看護師さんにいきなり入ってこられて、妙な声でも聞かれたら困るのでボリュームは当然最小限に絞る。

病院内でアダルトサイトなんて全くもって失礼甚だしいとも思ったりするのだが、そこはなんせなんとしてでも機能するかさえ分からない俺の俺自身を復活させるプロジェクトで頭がいっぱいとでも言いましょうか。

ともかく俺は俺の俺をリスタートさせるべくプロジェクトを開始するのであった。

サイトにアクセスして好みの女優さんを選び作品を選択する。

「なんだこれ、女優さんみんな綺麗な〜」とか思いながら、ひとまず一本の動画を選んでみた。

ここで看護師さんに入ってこられようものなら、ただ見つかって恥ずかしい思いをするだけではなく

「この状態で貴方は一体何をやっているんですか」

と詰め寄られた上に主治医にまで報告が行くかもしれない。

しかし、それはそれ、これはこれ。

新しいプロジェクトを始める前に常に危険は付き物なのだ。

そして、慎重かつ用意周到でなければならない。

俺は再生ボタンを押す前に、念入りに周囲に人がいないかをチェックしてからプロジェクトをスタートさせた。

「おお!」

思わず声を上げた。

気持ちの上では出ているが実際は大して出てはいない、だって出ないから。

ところがだ。

しばらく観ながら、俺はある異変に気がついた。

「あれ?ボリューム絞りすぎたかな?」

確かにメモリをかなり下の方まで下げて目視で確認してから始めたのだが、これは幾らなんでも音が小さ過ぎないか?

小さいどころかほとんど聞こえない。

おかしいと思いながら徐々にボリュームを上げてみた。

やっぱり聞こえない。

微かに何かの声が聞こえる様な気がするだけだ。

これ以上上げたら外に声が漏れてしまうと思われるところまでボリュームを上げてみた。

しかし状態は変わらない、何かがおかしい。

「あっ!」

「それはそう、これはそう」

「そうそうそう、そうなのだ」

考えてみれば、体温計の計測音も未だ顕著には聞こえず、人の声も聞くことに全神経を集中しなければ会話も成立しないのだから、聞こえなくても当たり前。

ハプニングとは正しくこの事である。

例えるなら、レッチリのCan't Stopで華々しくスタートを切ろうとしていた俺の煩悩が、突然現れたノラ・ジョーンズに無料でDon't know whyを歌ってもらえた代わりに、素直にオーケー・ゴーとはならずクール&ザ・ギャングしてしまったとでも言いましょうか。

嗚呼、俺の俺にテイラー・スイフトの如き女子がShake It Offと連呼してくれていたのに、今の俺は正にコールドプレイ。

頭の中ではEverglowがグルグルとリフレインしている。Never Grow Upしないことを望むしかない。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きなし」

ほぼほぼ、新曲のタイトルの如く現実の厳しさに、俺の信長の野望的俺の俺復活プロジェクトは見事に頓挫したのであった。

嗚呼トイレが近い。


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