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うさぎは今日は寒すぎてもう月へ帰りました


2023.1.1

たっぷり眠って九時ごろ起きる。音のない新年の朝。いつものけたたましい鳥たちもいない。年越しの瞬間に何をしているべきかや初日の出を見なきゃいけないような気がするなどの若い頃に抱えていたプレッシャーから解放され、なにもしない、気にかけないぜいたくな過ごし方を知ったのはこの一、二年ほど。

数少ない友人たちからの年賀状がうれしい。小学生の頃、元旦になると朝一番に郵便ポストへ向かって年賀状の束を手に取り、その束をほどいて父母宛のものをそれぞれ仕分けるのがわたしの担当だった。一枚ずつ差出人の住所を見ては、聞いたことも行ったこともないその場所とじぶんがどこかできっとつながっている気がしていたし、この人たちはいったいどんなふうな人生を送っているんだろうと子どもながらに想像力をかき集めてみるその時間が好きだった。わたしはじぶんの育った街がほとんどすきではなかったので、それでもそこから這い出ることができるのはまだとうぶん先だと頭ではわかっていたので、世界にはほかに沢山の場所があって、そこに暮らしている沢山の人たちがいるんだというたしかな証拠の一片に触れられる時間はとてもおおきななぐさめだった。

昨夜の鍋の残りでおじやにする。洗濯物と布団を干し、去年とおなじく小一時間歩いて鶴岡八幡宮へ。昨年の破魔矢もしっかり持って。極楽寺、由比ヶ浜を通り、御成通りを抜けて段葛へ。さすが観光地、元旦から開けている店が多い。そういえば鎌倉駅前でスパイダーマンの着ぐるみを着たおじさんに会う。人混みを縫うように歩き八幡宮へ到着するも昨年とは比にならない参拝客の長蛇の列をひとめ見、今日はやめておこうと即決。わたしはそれがなんのものであれ命に関わることでないかぎり行列には並べない。父譲りだ。屋台でイカ焼きとトッポギを買い、ぽかぽか日の射す石段に座って食べる。これも去年と同様。

そのままうさぎ年ということで、うさぎのいる北鎌倉の明月院へ。歩いていると上着がいらないくらい暖かい。途中、建長寺の喫茶店がやっていたらけんちん汁セットを食べたいと思いつくがお休みだったので、参拝だけする。こちらは人もまばら。ちゃんと昼食もしたいということで、北鎌倉駅近くのちらしやさんへ。野菜寿司十二貫、トマトと海苔のお味噌汁、それに白味噌やごま豆腐、湯葉などでできた植物性のグラタンを食べる。アマランサスでできたいくらの軍艦巻き風、タピオカとトマトソースでできたうにの軍艦巻き風、パプリカのマグロ風、白こんにゃくのイカ風、山芋と豆腐の穴子蒲焼き風など、創意工夫のつまった野菜寿司に感動する。

野菜寿司
野菜の軍艦巻き


明月院へ向かうも「うさぎは今日は寒すぎてもう帰ってしまいました」と、小屋のそうじをしていた人がすこしふしぎな日本語で言う。どこへ帰っていったのだろう。残念。それでも八幡宮とは打って変わって冷気ただようひっそりした谷戸の寺にほとんど人はおらず、厳かな正月らしいしずけさに癒される。ふたたび歩いて鎌倉駅方面へ。アマザケスタンドでほうじ茶甘酒、パートナーはココア甘酒を買う。ホイップがのっているのだが、それも甘酒を特殊な機械でふわふわにしてたものらしい。いいエネルギーチャージになった。

八幡宮をちらっとのぞくも行列は相変わらず。お詣りと破魔矢の返納は後日にする。参道が歩行者天国なので、いつもとすこしちがった景色を味わうことができてたのしい。じぶんたちと同じ方へ向かう人、そちらから向かってくる人。今日という日にたまたま命を得て、おなじ景色をちがう心で眺めている人たち。島森書店で本を物色。鎌倉にゆかりのある人や地元民による書籍コーナーの前でしばらく過ごす。日も暮れかけて帰ろうとすると、ほこてんの道路上で昼にみかけたスパイダーマンがバイオリンを弾いている。曲はCeltic Womanの You Raise Me Upで、その太い指先から蜘蛛の糸のかわりにため息のでるほどきれいな音の糸を元旦の夕空に向かってしなやかに放っているのである。いいものを聴かせてもらった。

江ノ電から今にも夕陽が沈みそうなのが見えたので、急ぎ足で浜辺へ向かう。江ノ島、富士山、伊豆半島などがよく見渡せる場所まで出るやいなや煌々とひかるまるい粒が山の向こうにちゅるん、と引っ込んでいった。今か今かとじりじりやっておいて、消えてしまう時は笑っちゃうほどあっというまだった。

帰宅すると、小原晩さんのエッセイ「ここで唐揚げ弁当を食べないでください」が届いていた。パートナーの両親から電話がかかってくる。正月の挨拶をし、明日浅草あたりで昼食を一緒に食べることに。近所にスシローができたのでスシローではどうか?と言われるもやんわり否定する。実家の母から冷蔵便でおせち料理が届く。昨日買ったかんぱちの刺身、毎日恒例の鍋、そして昨晩食べそこねた年越しそばをいただく。そばつゆを作るのがおっくうで鍋の残りに〆のおうどん的に入れようもやっぱり合わなそうなので、ごま油で焼きそばみたいにして炒め、中華だしを加えて海苔とごまをちらした。パートナーがおいしいおいしいとめずらしく言って食べた。

ブラタモリと鶴瓶の家族に乾杯!がコラボした正月特番が近くの江ノ島ロケだったので、見入る。江戸時代、江ノ島の人たちが観光客を呼び込むために珍しかった唐人囃子をはるばる披露しに行った先の吉原の人たちがそれに感動して江ノ島びいきになり、江ノ島参りが盛んになったというような話で、湘南江の島と浅草吉原の意外なつながりがおもしろい。知らないだけで、あっちとそっち、こっちと向こう、向こうとあっちなど思ってもみないところがじつは深くつながっていたりする。そういう埋もれた秘密みたいなものをいくつも解き明かして心に落として面白がりながら、それをまたあたらしく世界へ撒いたりしながら、この一年もわたしなりに生きていきたい。

ことしも食べものにこまりませんように
極楽寺の成就院からの眺め




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