Megumi Sekine 関根 愛
鎌倉暮らし日記、2024年版です。数日分をまとめて公開するため、更新頻度は月に4回程度です。
旅先でのスプーン人匙ほどのお話。 Cover Photo : Yu Iwasaki / Berlin, Germany
どうしてこの星にやって来たのか思い出せなくなってしまったときに。 Cover illustration : Satsuki Mishima
はじめまして。関根愛といいます。名前の「愛」は「めぐみ」と読みます。 2021年、十数年暮らした東京から鎌倉の海や山が近いエリアに住まいを移しました。「綴る・撮る」をふたつの軸に仕事をし、暮らしています。 好きなことは散歩、お灸、食べものにまつわること、ハングルの勉強です。 執筆活動エッセイや日記を刊行しています。webショップの他、全国の独立系書店さんで販売しています。 ・『やさしいせかい』(エッセイ) やさしさ、とはなんだろう。 ほんとうにやさしいとは、どういうこ
2024.9.14(土) 金子光晴を読む。ことばの使いかたがとても好き。今までしっている詩人のなかで、原民喜と金子が好き。森三千代との関係など、みるに、わたしは金子さんに似ているところがある。のではないかと思う。でも、森さんのほうにもよく似ている。夕暮れ、ハーモニカが聴こえた。 2024.9.15(日) 背高くのびた葛の花がちりぢりに落ちている。かたつむりが一匹、人でもよろけてしまいそうな強風にあおられながら一枚の葉にひっついている。すずしげに見えるけれども、どれだけの
2024.9.6(金) Yがノルウェーなので、ひとり気まま、ほがらかに過ぎる十日間。お腹の空いたときに、台所に立ち料理をし、ひとりたべる、寂しさと爽快さ。よるの22時まで海岸で潮風にあたっていても、家にだれもいないと思うだけでこの、のびのびしたきもち。べつに、Yがいてもいなくても関係なくて、なにをしたってどこにいたっていいのに、なんだろうこのひとりだと身軽で、そうじゃないと片足に透明なくさりがついているように、おのずと感じてしまうことは。 生涯学習センターで会議室を申し込
2024.8.26(月) 朝、海へいった。ウエットスーツでなく、白いTシャツに、赤い短パンをはいた初老の男性が漕ぎだしていった。ボードの上で土下座の体勢になり、背をまるめ、手だけを前後にうごかしてゆっくり、ゆっくり水を掻いた。すぐ沖は凪なのに、波打ち際だけはげしい。立っていると、枝や石が足にあたって、けっこう力がある。パンツの中まで砂まみれになった。 昨日、海と本で『優しい女』という本を買った。お風呂で、ねる前の布団で、一気に読んだ。私が書こうとして書くのをやめた言葉が、
2024.8.21(水) 荷物をだす。歯医者で、とれたセメントをつけなおしてもらう。Yの両親の絵を描いて、贈り物といっしょにラッピングをする。 昼、もずくと細ぎり大根と生姜の味噌汁。塩れもんをチャーハンにつかったら、もわ、といい匂い。口から鼻さきへ、行ったことのない国に吹く、肌にまとわる風みたい。仙台の茄子は、みょうばんを使ったみたいにつやのある紫いろで、焼いてしまうのがもったいない。たせこさんがオレンジ色のネットいっぱいにくれた玉ねぎのなかに、赤玉ねぎのちいさいのがひと
2024.8.14(水) 昼にもち米をたべていたら、銀歯がとれた。昨日メルカリで『ひとりでいく』が売られていた。 2024.8.15(木) 鎌倉、三十七度。体感はもっと。バテ気味で力が入らない。四時間ぶんのインタビュー音声を聴きながら構成を考える。 八重子さんとまさるさんの話。いずれ、食糧危機がくる。小麦やとうもろこし、豆など外国産のたべものは入ってこない。輸入に頼っている日本の土地だけでは、3,000万人くらいぶんの食料しかまかなえない。今のうちに、じぶんでじぶんの
2024.8.10(土) また佐渡にいる。昨日、新潟駅のそばに泊まった。エントランスで、むかしの聖火ランナーみたいな火を焚いて置いてある、ぎょうぎょうしいビジネスホテル。 十割蕎麦をたべた店で、神奈川西部の地震があった。ちょうど入ってきた男性がニュースを見て、そちらは鎌倉ですか、ぼくは保土ヶ谷なんですよ、と話した。通りでは、新潟まつりというのがひらかれている。屋台でローズマリーポテトをつまんだ。 五時に起き、六時発の便で両津に向かう。佐渡島カレーというのをたべた。大佐渡
2024.8.6(火) 朝いち、ヤギのところへ。 名まえはパクとチー。こわがって、中々近づいてくれない。 干し草をたっぷり置き、水を換える。 にわとり小屋の水も換える。 青梅の祖父母がにわとりを買っていて、そばを通ると大きな声でクルックルいうので、こわくてあんまり近づかなかった。深い青の柵のなかにいた気がする。何羽いたろう。香ばしいような匂いはおぼえている。 ハーブガーデンにも、水やり。へび使いみたいに長い長いホースで水しぶきを作って、乾き切った草木に水を散らしていく。あ
2024.8.4(日) 佐渡の虫崎、八重子さんの家で目ざめる。 起きたてでふらふらしながら、目の前の海へ足だけ入る。黒い魚たちが朝日ときらきら泳いでいる。 テラスで朝ごはんをいただいた。八重子さん、朝から手拭いあたまに巻いて、用意してくれた。 トマト、きゅうり、焼き魚、味噌汁、やわらかく炊いたごはん。 まさるさんといっしょに、八重子さん、ずっと手をふって見送ってくれた。するどい目なのに、どうしようもなくやわらかい人。善人とか聖母とかにむすびつけられるようなのでない、無私の人
2024.8.3(土) 「五時に虫崎で」 ねむい目をこすり、待ちあわせの船着場へ。海は凪。 朝日が、満天の星みたいに降りそそいでいる。八重子さんはテラスにたたずんでいた。 漁師のたけちゃんが紹介してくれた。今日は八重子さんを撮る。 レースの白いブラウスに、もんぺみたいなずぼん。 毎朝ここで、コーヒーを飲んで一服してから、畑へいくんだ、と八重子さんが言った。畑のかっこうに着替えてきた八重子さんの、ほっかむりのてっぺんに大きなとんぼの人形がくくりつけてある。 銀色の、つやのあ
2024.8.2(金) 佐渡の蚊は、あんまりぷうんといわない。 いうけれども、音がなんだかおおらかで、執拗でない。 かと思って、放っておいたら、太ももとお尻をぷっくり五つ噛まれ、目がさめた。 宿の部屋のカレンダーが、七月のままなのを、めくっていいかなあと考える。古い月のを破るタイプだから、ためらう。 朝のおむすびをふたつ、今日も頬張る。こんぶとちりめん。漬物に、なすと大根。 また、蚊がぷうんといった。叩いてみると、からだも大きくて、たっぷり血を吸っていた。 昼を抜いて、残
2024.8.1(木) 六時に起きる。 おむすびをふたつ、今日はきゅうりの漬物と、きのうとおなじ魚つき。具は高菜と焼き魚。直売所のプラムをひとつ齧る。 洗濯機いっぱいに、洗いもの。 色かたちばらばらの、ありあわせのハンガーと洗濯ばさみ、タオル干しに、工夫してならべていく。 洗濯でも料理でも、限られたもので、何かしたり、どうにかする。家でする洗濯も料理も、割合たのしいが、こういうときはもっとたのしい。あれこれあるより、ないほうがいい。 熱いどくだみ茶を入れて、しらべもの。今
2024.7.31(水) 三時半に目がさめる。 ひじの辺りがぷっくり腫れる。かゆさと、暑さからの寝ぐるしさで、空が白けるまで起きている。 二度寝をしたら八時。月の日がきて、あざやかな血がでた。ふとほかの国では、生理の婉曲表現にどんなものがあるのかしらべてみる。 フランスではケチャップ週間とか、いちごの季節。中国ではおばさんとか旧友とか、りんごパン。韓国では婉曲をやめようというので、生理は生理です、という記事。 集落のまわりを散歩。 田んぼがつづく丘から、海がひろく見える
2024.7.30(火) 六時半に目が覚めて、もういちど寝る。 ストレッチをして、きのうの惣菜、野菜ピクルス、もずく酢、大根煮をあける。 ミニトマトはそのまま、きゅうりは三年味噌につけてかじる。よく耕された土のような、つやのある、ふかふかの黒い味噌。 ピクルスはカリフラワー、玉ねぎ、キャベツ、らっきょう。みんな夏の夕暮れみたいにピンクに染まっている。 Yが撮影にでかけたあと、向かいの駐車場に、にぎやかな音楽を鳴らして移動販売がくる。 おじいちゃんおばあちゃん、元気のみなも
2024.7.25(木) あせもがでるので、今日、服をきるのをやめた。お腹は冷えるから、パンツと短パンは履く。上だけ、すっぽんぽん。胸のあいだと下のくぼみに、汗がたまって、ずっと赤いまま。電気が走ったみたいに、ヒリヒリかゆい。
2024.7.29(月) 九時、鎌倉をでる。 高尾、青梅を過ぎ、埼玉から高崎で高速を降り、REBEL BOOKSヘ。アンソロジー『手塚治虫の海』を買う。 昼過ぎ、四十二度ある。 近くのベトナム料理へ入る。店のお母さんが、座って昼をたべていた。 ふたりともフォーに、くらげのサラダを追加。お手玉くらいのえびせんに、くらげや胡瓜が甘めに味つけられた具をのせて、ばりばりたべる。 黒い服の店のおねえさんは、目が弓になるくらいずっと、ほほえんでいる。真顔のあの人と街ですれちがっても、き