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人間は可愛い|佐渡日記4



2024.8.1(木)

六時に起きる。
おむすびをふたつ、今日はきゅうりの漬物と、きのうとおなじ魚つき。具は高菜と焼き魚。直売所のプラムをひとつ齧る。

洗濯機いっぱいに、洗いもの。
色かたちばらばらの、ありあわせのハンガーと洗濯ばさみ、タオル干しに、工夫してならべていく。
洗濯でも料理でも、限られたもので、何かしたり、どうにかする。家でする洗濯も料理も、割合たのしいが、こういうときはもっとたのしい。あれこれあるより、ないほうがいい。
熱いどくだみ茶を入れて、しらべもの。今日はじりじり暑くなりそう。

昼、大野亀の食堂へ。
大きなあぶがいっぱい、車に寄ってくる。ブイブイいう、その音にびっくりする。
限定子持ちやりいか定食に、塩辛い味噌汁。山菜のおひたしにほっとした。

北鵜島の、藤澤さんの家へ。
たせこさんが、いごねりを作るのを撮影する。
いごは、この辺りで採れる海藻。それを固めてこんにゃくみたいにする。年季のはいった台所で、電気も扇風機もつけず、もくもくとやる。

元の色のわからないくらい、たくさん火を抱いた鍋に、いごをどっぷり煮る。白い、小さなうねりのようなあぶくがぬめっと現れる。
どろどろに溶けたら、すこしづつミキサーにかけて、よりとろとろにする。

それを、こたつテーブルの天板だけ外したものの上にはけでうすく広げる。
30分もすると固まってくる、その前に、洗い作業で除ききれなかったごま粒のような、黒いトゲみたいな海藻を爪楊枝でとっていく。私も、いっしょにやる。

ある程度固まると、だし巻き卵くらいの大きさにくるくる巻いて、それが十何本できたら、お菓子のカンカラに寝かせていく。冷蔵庫で二、三日、冷やしたのが美味しいそう。
たせこさんはいごねりを、たくさん作るけれど自分ではたべない。人にあげて、美味しかったって言ってもらうのが好き。
この前作ったのあるよ、たべる?たべたいです。
平うち麺みたいに刻んで、小ネギとすりしょうがたっぷり、醤油で食べる。そうめんみたいでつるつる美味しい。

近くのおじいちゃんが、軽トラで野菜を売りにくる。たせこさんは、ミニトマトをひと袋、茄子をひと袋買った。
暑いのに、ご苦労だね。これ、つけもんはおいしいかい。つけもんしたら美味しいよ。そしたらもうひと袋もらうわ。

健さんが漁からかえってくる。
二階にいた凌さんもおりてくる。
虫崎の漁師、たけさんがりっぱな蛸をバケツに持って、たずねてくる。
願という集落にすむ親戚のおばさんが、首にタオルをひっかけて、風呂あがりみたいなかっこうでコストコの大容量のパンを抱えて、たずねてくる。
あら、あんただれ。こういうもので。今日たせこさんを撮影させてもらっています。
あらそう。ねえ、いごねりある?いごねりあるよ。どれ、もらっていこうかな。いいよ。こっち。

撮影を終えて、外にでた。日が沈むのを見ていた。
流れ星みたいな飛行機がひとつ、燃えながら飛んでいった。

健さんがとってきた魚をたせこさんがさばいて、凌さんが塩をして、洗って、炙る。
かいわれ大根をいっぱいに敷き詰めた、鯛のお刺身。
健さんは、つづいて煮付けを作る。
料理屋さんみたいな鍋に、めばると鯛を四匹くらい。生姜をざくぎりにして、落としぶたをし、泡が吹き出すくらい煮る。
丸ごと一匹の蛸は、塩で茹でる。みるみる真っ赤になった。
ふだん見ることのない蛸のあたまが、筒みたいにまるくて、ほら穴みたいでちょっとだけこわい。
やりいかは、山椒味噌をおなかに詰めて、たせこさんが魚焼きグリルで焼いてくれた。

六畳ほどの台所に、大人が六人ぎゅうづめになって座る。
両手で抱えきれないくらい大きな、ふたつの鍋の熱と湯気が充満して、もう息ができない。
みんな、おかまいなしに酒をあおりつづける。たせこさんは水槽の魚みたいに、無心の顔でうごきまわる。
こんなに小さな片隅で、こんなふうに肩身寄せて、人間はかわいい。
帰りは宿まで、酒を飲まなかったたけさんが送ってくれた。








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