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月の満ち欠けのようにはいかない、元には戻らない体とか


2022.12.12
友だちとお茶をした。小町通りからすぐなのに隠れ家のようなお茶屋さんで。前から気になっていたけれど、入ってみるとほんとうにすてきだった。初めてここへくるのがこの友だちとでよかったと思う。大学の後輩だけれど、年が八つくらいちがうので在籍した時間はかぶっていない。繋いでくれたのは大学の先生で、卒業してしばらくして「紹介したい子がおんねん、なんかめぐと似ているから」と言われ大学そばの喫茶店が併設されたヨーロッパふうのパン屋さんで会ったのだったな。あのときなにを話したのかは忘れてしまったけれど、そのすぐあとにメールで「めぐさんと話していると初めてなのに心のなかがほぐれていく感覚がありました」と、そのときまだ大学一年生くらいだった友だちから送られてきたことは覚えている。わたしも同じくらいの歳のころそういう人がいたなあ、とぼんやり思い出したんだった。あれからもう六、七年が経った。その間にわたしもさんざん色々なことがあったし、友だちはイスパニア語学科なのにイギリスに留学したり、帰ってきたと思ったらこんどは脚本の勉強をしにイタリアに行ったりと色々あって、こうして今日鎌倉の一角のちいさなお茶屋さんの隅っこに座ってなんでもない話やちょっとだけ大切な話をしていられることをうれしく思った。いつもしあわせでいてほしいと思う友だちのひとりだ。

2022.12.13
二ヶ月にいちどの緑内障の定期検診へ行く。ふだんはじぶんが緑内障だということをわすれていて、ここへくると思い出す。今のところ眼圧を下げる目薬が効いているようで視野の欠けはすすんでいない。この病気は月の満ち欠けみたいにうまくはいかない。こちらはいったん欠けてしまったら元には戻らないのだ。病気が判明したばかりの頃はお先真っ暗に思えてしまい急に泣き出したくなることもあったけれど、わたしにできることはあるようでなく、今はこれ以上欠けないように、できるだけこの目で長く世界をみつめていられるように願いながら運を天にまかせる気持ちでいる。体には生まれてからの時間がすべてつまっている、時間をひっさげて未来へ行く。それしか生きる道がない。この体はもう元には戻らなくて、そして変化しつづけていく。

そのまま病院のはしごで、こんどは漢方内科へ。九月末からいちどやめてしまっていた漢方をまた飲み始めている。受付で月にいちど医院が発行しているお便りをもらって待合いで読む。ワクチンの話にはじまり、今の政府のずさんさについて院長先生が独特の表現で一喝して文章は終わった。病院の先生はどの人も感情を表にださなくてつまらないから(それがしごとなんだけれど)、ちょっと面白かった。パートナーが車で迎えにきてくれて、そのまま食事の買い出しなど。大船でベトナムフォーのお店を見つけて入る。生春巻きおいしかった。


2022.12.14
寝不足で起きて家じゅうを掃除。昨日のかつてない暴風のせいなのか気持ちがささくれ立っている。お昼からは何年も共に芝居を学んだ仲間とうちで忘年会をした。年にいちどか二度、忘年会か新年会は必ずこうして会う。今年もみんなの顔をみて、時間はこんなに流れたのになんにも変わっていないなあと思う。このままどこへいくんだろうと思いながら、きっとどこまでもこうだろうな、どこへいっても毎年こうして鍋ができたらそれでじゅうぶんだろうなと思いながら、そうとは声には出さず、ただこの人たちに会えてしあわせだなあと思う。



2022.12.16
海沿いを歩いて鍼治療へ。今年の頭から通いだしたので、もうすぐ丸一年になる。治療院の扉をあけると一瞬にして広がるもぐさの香りが好きだ。効果という効果は正直わからないけれど、何かが劇的に変わったわけではないかもしれないけれど、いつも治療後はふっとからだがかるくなる。この独特のかるさは他では味わえないかもしれない。細胞がそおっと生まれ変わったみたいに温かな気持ち。まあ実際に治療室がぽかぽかなのだけれど。温かいってほんとうに大切なことだと思う。明日のためにPCR検査をして帰宅。zoomで打ち合わせ後、車で大船へ。買ったばかりの急須の不具合でお茶がふたの隙間からもれてしまうので返品し、白い陶器のものと交換するなど。ついでにこれまでなんどか新鮮なイカやお魚をいただいた佐渡島の漁師さんと、どこよりも味が濃い立派な無農薬野菜を送ってくれる友人のお父さん宛に鎌倉まめやの豆菓子をお歳暮に送り、明後日会うパートナーの両親にささやかなクリスマスプレゼントを選ぶ。

あたらしい急須
KEYUCAのもの


2022.12.17
久しぶりの浅草で、webで連載エッセイを書くきっかけをくださった編集の方に会う。毎月やりとりはしているけれどゆっくり会ってお話しするのは初めて。オリエンタルヴィーガンの食事をだすお店で、頼んだ石焼ビビンバはふつうの石焼ビビンバなのに今までにないような豊かな味が口のなかいっぱいに広がってなんて癒される食事なんだろうと感動した。漢方の生薬入りというお茶も、米粉でつくられたパイナップルケーキもおいしかった。お店の空間もしずかで心地よくて、なにより編集の方とのお話しがたのしかった。しごとの話をわすれていろんな話をしてしまった。今のしごとに区切りをつけ、来年の春から恋人のいるイギリスへ移住するそうだ。住む予定の田舎の町のようすをすこしだけみせてもらった。人生は長い。彼にいいことがたくさんありますように。

浅草を抜け、上野までさっそうと歩く。この三十分足らずの時間が昔から大好きだ。根津に住んでいたころはよく自転車でここまできた。昨日のことのように懐かしい。この町はいつも変わらない。きっとちいさなことは毎日変わりつづけているんだろうけれど、わたしの中のこの町はずっと変わらないことがうれしい。ここに今までいくつもの時代でいくつもの人生が咲いては枯れ、今日もこうして沢山のひとでにぎわっている。年の瀬の浅草はほんとうにすてきな顔をしている。ずっと眺めていたいくらい。

東京都美術館の喫茶店でパートナーとその両親に合流する。お父さんの撮った写真がコンクールに入賞して展示されているのでみんなで見てきたそうだ。すこしだけ話して、彼らの暮らす町屋まで車で送っていく。おなかが空きすぎて、日暮里の麺線のお店を見つけて腹ごしらえする。干しどうふ、れんこんの酢あえ、海鮮麺線など。そのまま入谷へ行き、今年お世話になったご夫婦がお誘いしてくれた忘年会へ。三ノ輪の商店街で買ったというおでんを用意してくれていた。まんまるに結ばれた白滝やたこの練り物、切り株みたいにりっぱな茶色く沁みた大根などおいしかった。ご夫婦の二歳の娘さんにはじめて会う。うーちゃんといって、人見知りせずに遊んでくれる。飴玉を五個も十個も口に頬張っている。大人と接するより子どもとあそぶのがたのしいのは、大人の時のように緊張しないですむからだと思う。じぶんが子どもが好きだという認識はないけれど、子どもといるのは好きだし、大人よりずっとじぶんに近い生きものだと思う。


2022.12.18
窓のあかない赤羽のホテルで目を覚まし、小一時間ほど朝の光の中を歩く。ごみがあちこちに落ちているのにおどろく。休日明けの朝の東京ってこんなかんじだ、と思い出す。落ちているというより置かれているといったほうが正しいのかも。ずっとそこにあってもう景色の一部になってしまっているようなのもある。ごみにも居場所があるのが東京なんだなあと思う。鎌倉にこういう光景はない。無印良品に寄りブランケットと温かい肌着を一枚買う。権兵衛でおむすびとお惣菜をいろいろえらび、駅近くの大きな公園のベンチでひろげて食べる。見渡すと朝から親に連れられた子どもたちは大はしゃぎだし、手を取り合ってほんとうにゆっくり進むご老人のカップルがいて、時間をもてあましているような中年のおじさんは自転車に腰かけたままぼーっと宙をみていて、かたわらで浮浪者のおじいさんたちがそこらじゅうのベンチで思い思いにくつろいでいる。なんでもありで、これも東京だなあと思う。歩きだしたばかりくらいの幼児がぴたっと足を止め、切干大根と五目豆を頬張るわたしをじっと見る。

西東京のほうへ撮影の仕事に向かう。おもいのほか強風の日で、からだが芯から冷えた。撮影の一環で味噌作り体験をさせてもらった。一キロ仕込んだ味噌は持ち帰るのでたのしみ。お昼は焼き芋だけだったので終わると甘いものが欲しくなり、以前から地図アプリで気になる場所マークをつけていた古い建物でやっている甘味処へラストオーダーぎりぎりで到着。白玉ぜんざいと薬膳茶を注文。温まった。パートナーがえらんだ磯部もちもつやつやでおいしかった。そのまま今年の夏にも一度行った蕎麦処へ。ちいさなおじいちゃんががんばってホールに出ているお店で、おそばを頼んでも一時間くらいでてこないのにものすごい人気店で、今日も早い時間にあっというまに満席になり待ち人もいた。檜原産のきのこマリネサラダ、焼き蕗味噌、十割のとろろそばをいただく。帰りに高尾の温泉へ寄り、熱々になって帰宅。山の近くは冷え冷えする。高尾から鎌倉までは夜だと一時間しないくらいで帰れる。

どれくらい熟成させよう


2022.12.19
疲れてぐっすり眠った、起きたら10時半をすぎていた。洗濯物を干したり、片付けをしていたらあっというまにお昼すぎ。いそいで書きものをして、三つ隣の街の整体医院へいくパートナーの車にのってわたしも外の空気を吸いにでる。ここ最近ようやく冬が冬らしくなってきたので芯から冷える。寒さであたまがつんつん痛いくらいだけれど、やっと冬がきたかと覚悟を決めたらあとはすがすがしい。この季節にわたしはうまれたのだ。待っている間、初めての街を散策する。可愛い雑貨とインテリアのお店をみつけ、クリスマスツリーの形をしたとても小さなはがね細工を買う。そのまま夕陽へむかってまっすぐ伸びる道を歩くと、地元の人でにぎわう魚屋さん。ちょうど魚を切らしていたからいくつか買っていこうと物色すると、地産のほうぼうやかます、やりいか、かごかき鯛のめずらしいお刺身などが沢山並んでいるので買って帰る。これはうれしい。また来よう。友人のお父さんから送ってもらった野菜がまだ沢山あるので、買い足した白菜といっしょに今日も鍋にする。お刺身三種類をうちで一番大きな丸皿にずらっと並べたら贅沢だった。近海のものはやっぱり新鮮さがちがってほんとうにおいしかった。



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