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さんぽ、本屋、ごはん会の日曜日|ソウル日記5


前回までのソウル日記(抜粋)▽▼▽




2024.5.12(日)

Yがチャントルさんとコナンさんに誘ってもらって、日曜ランニングの会にでかけた。私は、ひとり朝散歩。じぶんとふたりきりになると、より感覚が研ぎ澄まされて、ひと味もふた味もちがってたのしい。

宿のそばに、オーガニック食品店OASIS(오아시스)をみつけた。気になる商品がたくさんある。こまかく刻んだ海苔のスナックと、ピリ辛のねりものの割引になっているのを買う。宿に帰って、ベッドでごろごろしながら、朝ごはん。

ヨンナムドンの雰囲気は、とてもいい。観光客があまりいなくて、ローカルを味わえる。気軽に入れるお粥屋さんも、気張らないカフェや飲食店も、充実したスーパーも、素敵な本屋さんも、ヴィーガンのごはん屋さんもある。OASISもあるなら、ここで暮らしたいくらい。ふるい街並みが気持ちよく残っていて、どこまでものんびり歩ける。ホンデ駅のほうへ行けば活気があり、あてのない散歩にぴったりの、ながいながい緑道がある。何も考えずこの街に宿をとったけれど、ほんとうによかった。またソウルにくるときも、きっとここに泊まる。


花屋さん
かわいい店
ヨンナムドンのゆったりした街並みが好き
昼にはにぎわうカフェが沢山
日曜の朝


待ち合わせの市場へいく。夏みたいに暑い。日陰をえらんで、通りのこっちがわをすすんだり、むこうがわへ渡ったり、じぐざく歩く。もう少しで漢江へ流れでるおおきな川沿いに、人びとが憩い、走り、行きかう。

マポ農水産物市場へつく。ランニングの会の人たちが走り終わって、恒例のブランチをするのに、まぜてもらった。市場の二階に、昼間の歌舞伎町みたいな雰囲気で、地元の人くらいしか入らないようなディープな飲食店がひっそりならんでいる。おしえられた店へ入ると、白いクロスがかけられたおおきなテーブルがふたつに、鍋の用意がしてあり、ランニングが終わって着替えた人たちがぞろぞろやってくる。

パンチャンに、なすの煮浸し、大根キムチ、もやし、じゃがいもの細切り、貝ひものようなもの。メインの鍋は、いちど本場でたべたかったチョングッチャン(韓国の納豆でつくる鍋)にしてもらった。みんな走ったばかりなのに、マッコリをぐびぐび飲んだ。会のことを、ジュージュークラブ、というらしい。ハングルで"走る"も"飲む"も、"ジュー"と発音するから。となりのテーブルは、サバの辛い鍋をたべていて、鮮血のように真っ赤だった。

オリンピック公園のカフェへ移動し、お茶をごちそうしてもらった。名前をわすれてしまったけれど、会の年長者のおじさまが毎週、集まったみんなの分のお茶をごちそうしてくれるのだそう。名古屋に住んでいたこともあって、日本語がぺらぺらのキムさんは、リュックからこっそり紙コップとマッコリをだして、ここでもぐいぐい飲んだ。東洋医学のお医者さんという人は、奥さんが横浜に住んでいたことがあると言った。みんな、おしゃべりで、人なつこくて、やさしい人たちだった。

市場を見学して、解散。近くの図書館の地下で、韓国料理店をやっている林さんのところへ、何人かは三次会へ行った。チャントルさんは宿のしごとを片付けに、コナンさんも少しねむたそうに家へ帰った。

청국장(韓国納豆鍋)
みなさん40〜70代で元気
Yがランニングのお礼のあいさつをした
マポ農水産市場


日照りの道をまっすぐ歩いて、マンウォン駅のそばの本屋、dangin book plantへ。とうもろこしの形をした、きれいな刺繍のブックマークを買った。まだハングルがほとんどわからないから、ブックマークばかり買う。さらに歩いて、ハプチョンのテンスブックス。整然と本がならんで、すがすがしい空気。韓国料理の本を二冊買う。

テンスブックス
dangin book plant


電車に乗り、私はハングル博物館、Yは国立中央博物館へ。

ハングル博物館はすばらしかった。ひとつの言語がうまれるに至った歴史をなぞるように知っていくことはとてもわくわくした。世宗大王という王さまが、読み書きのできない庶民でもだれでもわかるやさしい言葉をつくりたいと、一念発起し発明したのがハングル。言葉の成り立ちがほぼきちんと記録に残っている言語は、世界でハングルただひとつだけらしい(15世紀という比較的近代にうまれた言語だから)。

日本はあまりに愚かなことに、植民地政策でかれらの言葉を無理やり奪い、日本語や日本名を強制した。母国の言葉というのは、その人がその人である理由のないことと同じように、その人の骨であり血であるものを、そういう馬鹿げたことを平気でしていたことが心から恥ずかしい。

韓国には「ハングルの日」という祝日がある(10月9日)。訓民正音(フンミンジョンウム)という。韓国の人びとのハングルへの思い、誇りに触れた気がした。その姿は「アイヌに生まれ、アイヌ語のなかに生いたった私」と語り、全身全霊をかけてほろびゆこうとしているアイヌ語の伝統伝承物語を記述し十九歳で急逝した、知里幸恵にもかさなった。その人をその人たらしめる、理由なきいくつかの要因の大きなひとつでもあるはずの母国の言葉というものは、決して人から奪えない。使い継がれてきた言葉は、それを使ってきた歴代の人びとの思いや経験がそこに込められ、そこを居場所ともしている。言葉にたいする態度を律し、再考する機会にもなった。今回ソウルで足を運んだなかで、いちばんよかった展示だった。



ヨンナムドンにもどり、チェーンの粥店で海苔粥。夕暮れ時のヨンナムドンの街並みを、ぶらぶら歩く。もっとずっとこの街にいたいと思う。閉店まぎわのポストカード専門店POSETで、いくつか買い物。初日にも寄ったSarugaという広々したスーパーで、おみやげ用に極太のチャプチェの麺など買う。

帰り道、宿のすぐそばにAROUNDをみつけた。2020年夏、AROUNDの編集者Zuyeonさんからとつぜんメールが来て、取材を受けた。そのAROUNDの事務所が、宿のすぐそばにあったのだ。日曜夜で、閉まっていたけれど、予期せぬ再会にうれしい。


汁気のあるのは、水キムチ
素敵な名前のお店(香水店)
香水屋さんがいたるところにある
POSET
Sarugaの横の店



ソウル滞在もあと二日。つづく。


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