見出し画像

世界史のまとめ×SDGs 目標⑯平和と公正をすべての人に(上):1979年~現在

 SDGsとは「世界のあらゆる人々のかかえる問題を解するために、国連で採択された目標」のことです。
 言い換えれば「2019年になっても、人類が解決することができていない問題」を、2030年までにどの程度まで解決するべきか定めた目標です。
 17の目標の詳細はこちら。
 SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)が、「発展途上国」の課題解決に重点を置いていたのに対し、SDGsでは「先進国を含めた世界中の国々」をターゲットに据えています。
 一見「発展途上国」の問題にみえても、世界のあらゆる問題は複雑に絡み合っているからです。
 しかも、「経済」の発展ばかりを重視しても、「環境」や「社会」にとって良い結果をもたらすとはいえません。
 「世界史のまとめ×SDGs」では、われわれ人間がこれまでにこの課題にどう直面し、どのように対処してきたのか、SDGsの目標と関連づけながら振り返っていこうと思います。

―上・下2回に分けて「平和と公正」にまつわる世界の現状を、SDGsの掲げる個別のターゲットに沿って確認していきましょう(指標の訳は法政大学川久保俊研究室より)。

***

ターゲット16.1 あらゆる場所において、すべての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる。

Photo by Kat J on Unsplash

指標16.1.1 10万人当たりの意図的な殺人行為による犠牲者の数(性別、年齢別)
指標16.1.2 10万人当たりの紛争関連の死者の数(性別、年齢、原因別)

 問題が起きた時、暴力によって解決しようとする発想が市民社会の中にこびりついている地域も少なくない。

 日本の犯罪の検挙率は35.7%(平成29年度、上記は平成30年度版犯罪白書による)。殺人事件の場合は96%だ。それに比べ、殺人事件の検挙率はアメリカで62%、中国で77%、イタリアで69%。発展途上国の場合はこれよりもっと低い。

 治安が悪い理由は複合的だ。
 貧しさゆえの犯罪や、警察組織の腐敗の問題もある。

 この時期に引き起こされた意図的な殺人といえば、フィリピンで起きた政治家の暗殺事件がある。
 反体制派の政治家(注:ベニグノ・アキノ)が、逃げていたアメリカから帰国した際、空港でメディアの眼前で射殺されてしまったんだ。これに対してフィリピン国民の中に大きな抗議運動が起こり、政権の交替へとつながった。

)暗殺されたのは、民主化運動の指導者〈ベニグノ=アキノ〉(1932~1983)。追放先のアメリカから帰国した際、マニラ空港で暗殺されたことをきっかけに、妻の〈コラソン=アキノ〉〔コリー=アキノ〕(1933~2009、任1986~1992)により、1986年ピープル=パワー(エドゥサ)革命が起こされました。〈アキノ〉は国防軍の支持も得て〈マルコス〉に代わって大統領に当選し,アメリカ海軍のフィリピン撤退や,非核憲法の制定を実施します。


この時期に暗殺された政治家はほかにもいますか?

―▼アイルランドでは、北アイルランドをイギリスから取り戻そうとする、アイルランドの過激なグループによって、イギリスの貴族政治家(注:マウントバッテン卿)が暗殺された(注:北アイルランド問題)。

 ▼イスラエルでは、アメリカ合衆国の仲介でパレスチナの指導者(注:アラファト)との和平交渉に参加した首相(注:ラビン)が暗殺された。

 ▼インドでは、国内のシク教徒という宗教グループを攻撃した女性首相(注:インディラ・ガンディー)と、スリランカとの内戦に首を突っ込みインドのタミル人グループを支援した彼女の息子である首相(注:ラジーブ・ガンディー)が、それぞれ敵対するグループによって暗殺された。

 ▼韓国では、独裁政治によって国を強引に発展させようとした大統領(注:朴正熙)が側近に暗殺され、その後、学生らによる民主化を求める大規模な運動(注:光州事件)が起きたけど、結局軍人の大統領に逆戻りした。

 ▼内戦に苦しむ元フランス植民地のレバノンでも、同じく元フランス植民地のシリアからの圧力に抵抗していた首相(注:ハリーリー)が暗殺された。暗殺の黒幕はシリアではないかという主張が濃厚だ。

 また、政治家ではないけれど、世界的に有名なロックミュージシャン(注:ジョン・レノン)が銃弾に倒れたのもこの時期の初めのことだった。



こんなことが起きたら、怖くて自由な発言なんてできなくなってしまいますよね。

―怖くて萎縮してしまうよね。


 日本では投票所に行くのは何の心配もないけれど、ほかの国でもそうとは限らない。
 たとえばこの時期に、長年国内が政治的に混乱していたカンボジア(注:カンボジア内戦)が、ようやく国王のもとに結集することになった。このときには国連が選挙が安全におこなわれているか監視団を送っているよ(注:UNTAC)。

)カンボジアには、ヴェトナムの支援するグループ、中国の支援するグループ(ポル=ポト派)などが干渉し、内戦状態となっていました。ヴェトナムの支援していたグループによってポル=ポト政権が打倒されると、これを支援していた中国が報復としてヴェトナムを攻撃します(中越戦争) 。これは中国が引き起こした、今のところ”最後”の戦争です。内戦はその後もおさまりませんでしたが、1991年にはASEAN諸国が主導しカンボジア和平協定が結ばれ、1993年に立憲君主制のカンボジア王国が成立しました。「カンボジアにボランティアに行く」なんてことができるようになったのは、ほんの最近のことなのです。

***

指標16.1.4 自身の居住区地域を一人で歩いても安全と感じる人口の割合

これも世界では当たり前じゃないんですね。

―警察がちゃんと動いてくれるっていう前提は当たり前じゃないんだよね。

どうしてちゃんと動いてくれないんですか?

―貧しい国では税金があまり集まらないから、警官に払う給料が十分に確保できないことがある。だから警官は私的に”問題解決料”として賄賂を要求することすらある。
 そこでコミュニティごとに自衛・自警するしかないわけだけど、それだと問題が起きてもコミュニティの内部でもみ消されてしまうことすらある。日ごろの力関係に左右されてしまうわけだ。

***

ターゲット16.2 子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する。

Photo by Jens Johnsson on Unsplash

指標6.2.1 過去 1か月における保護者等からの身体的な暴力及び/又は心理的な攻撃を受けた1歳~17歳の子供の割合


これは開発途上国だけの問題ではなさそうですね。

―先進国でもしばしば問題となる話題だね。この時期には国連で子どもの権利条約が締結され、子どもだからといって人間としての権利を奪われないことが多くの政府によって確認された

指標16.2.2 10万人当たりの人身取引の犠牲者の数(性別、年齢、搾取形態別)

 それでも、抵抗する力のない子どもは人身取引(じんしんとりひき)のターゲットになりやすく、大人によって都合よく使われる例もなくなってはいない。この時期に発生した世界各地の戦場では、子ども兵が必ずと行っていいほど登場する。

指標16.2.3 18歳までに性的暴力を受けた18~29歳の若年女性及び男性の割合

―戦争という”異常事態”において女性の置かれる立場は低い。この時期にはシリアでの内戦で、過激なグループ(注:IS)が女性に対してひどい扱いをしていたことも明らかになっている。

 また、伝統的な価値観が強くのこる地域では、女性に対する厳しすぎる罰がいまだに執行されているところもある。
 たとえば、結婚前の女性が男性と関係を持っただとか、そういうことが明るみに出ると、その国の裁判所に訴える前にコミュニティや関係する親族らによって刑が執行されることがある。最悪の場合は、女性を殺してしまうことすらある(注:名誉の殺人)。

信じられない…。

―市民社会的な価値観とは逆行するそういったしきたりに対して、当事者である女性がネットを通じて世界に発信できる時代にもなってきた。そもそもそういった「伝統」や「しきたり」というのも、「近代化」への反動によって生まれている面も少なくない。国がいくら規制しても、なかなかなくならないんだ。
 

***

ターゲット16.3 国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供する。

指標16.3.1 過去12か月間に暴力を受け、所管官庁又はその他の公的に承認された紛争解決機構に対して、被害を届け出た者の割合
指標16.3.2 刑務所の総収容者数に占める判決を受けていない勾留者の割合

被害を届け出るとか、判決を受けることができるとか、そんなの当たり前のことじゃないんですか?

―たとえば、政治的な考え方によって不当な扱いを受けることが公然と行われている国もある。「やったこと」ではなく「考えていること」だけで捕まってしまうんだ。

 この時期のアフリカでは、国ぐるみの黒人に対する人種差別政策(注:アパルトヘイト)がようやく廃止されているね。廃止前までは、国に反対する思想の持ち主 イコール テロリストという扱いだったんだ。

今では差別はなくなっているんですか?

―さまざまな面で格差は残っている。でも国が人種による差別をおこなったり、それに反対する考えを持つ人を捕まえたりといったことはさすがになくなった。

 司法へのアクセスという点でもう一つ重要なのは、言葉だ。
 弁護士を頼もうとしても言葉が通じない、判決文を聞こうにも言葉がわからないじゃあ、不当な裁判となってしまう。
 これは日本でもまだまだ十分に整備されているとは限らない。

***

ターゲット16.4 2030年までに、違法な資金及び武器の取引を大幅に減少させ、奪われた財産の回復及び返還を強化し、あらゆる形態の組織犯罪を根絶する。

指標16.4.1 内外の違法な資金フローの合計額(USドル)

これはどういうことですか?

―情報通信技術の発達によって、国を超えたお金の取引のハードルが下がると、違法なグループにも活動資金が渡りやすくなっていく。
 それを阻止しようということだ。


さまざまな地域が瞬時に結びつくようになっていますもんね。

―固定電話回線やインターネット回線に接続しなくても、この時期の後半にはどんなにへんぴで貧しいところでも携帯やスマートフォンによってに常時インターネット接続が可能になっている
 そうすると、ちょっとした事件が起きると、その模様が動画に撮られアップされ、SNSでバズることでまたたく間に世界中に共有されることも珍しくなくなった。

 その影響力の大きさから、「憎悪」や「対立」を煽る偽ニュース(注:フェイクニュース)の横行も問題となっているね。対立を煽るような情報ほど、多くの人にウイルスのように感染してしまいがち。自分とは「違う考え」を持つ人との遭遇率・接触率が高まり、社会の複雑性や多様性の高まりが「不安」「リスク」を煽る一方で、「自分の見たい情報(現実)だけ見る」(注:フィルターバブル)という意識的・無意識的な回避行動が、かえって社会の分断を招いてしまう負のスパイラルも進行している。


 すると、遠く離れた無関係な人どうしが、手軽に「武器」や「違法とされている物」をやりとりすることもカンタンになっていく。


どんな人たちがそういうものをやりとりするんですか?

各国の政府に批判的なグループだよ。
 基本的に一つの国の中で軍事力を独占することができるのは、その国の政府だけだ。
 逆に軍事力を独占することができなければ、情勢が不安定となり、内戦が起きてしまう。

 この時代の前半は、世界の対立構造はアメリカ vs ソ連だった。それぞれが各地の政府に批判的なグループに対して軍事力を支援したために、各地の反政府グループが成長し、ときに政府を転覆させるようなケースも数多く起きたよね。

 でも、ソ連が崩壊すると、一変。

 中国、ブラジル、インド、そしてソ連崩壊後のロシア、東南アジアやラテンアメリカ諸国、一部のアフリカ諸国、中東の産油国が急成長し、「どこが世界の中心なのか、わからない状況」へと突入している。

 世界中に「自由な競争を前提とするビジネス」が広がると、どの国にも競争に敗れる「負け組」ができてしまう。すると、「昔は良かった」「自由な競争を持ち込んだアメリカは悪だ」「歴史的にこんな状況を生み出した欧米をやっつけろ」という意見や、「そんな意見を持つような移民は、この国から出て行け」「外国人がいるからこんなに国がバラバラになったんだ」という主張(注:ヘイトスピーチ、排外主義)も出てくるようになる。


国内のことに対して国外のことが強く影響するようになると、いろいろ大変ですね。

―いままでは「」を単位とする政治・経済のしくみだったのが、この時期になると、そういった枠組みだけでは対応しきれなくなる問題も多数出てくるわけ。


 たとえばこの時期のタイ王国の政治が不安定になったのは、経済がある程度発展し、多国籍企業の誘致や外資の導入を推し進めていった首相(注:タクシン)の政策によって、国論が真っ二つに割れてしまったからだ。

 一方日本では、アメリカ合衆国を中心とする企業が、この時期の後半になると次々に日本に進出するようになっていく。国外の企業が食い込まないようにしていた規制が次々にゆるめられていくけど、海外国のあり方をめぐって、国民の意見が一致しているとは限らない(注:TPP問題など)。

 お金の移動もカンタンに国を超えるようになる。
 この時期の後半には、政治家や金融資本家など一部の富裕層が、1970年代から自国の税負担を逃れて莫大な資産を租税回避地(タックス=ヘイヴン、税負担を低く設定している地域・国)に移動させる傾向も見られるように。
 タックス=ヘイヴンの一つであるパナマの法律事務所が関わった顧客データ(パナマ文書)が2016年にインターネット上に公開され国際的な批判を呼び、一部の政治家は辞任を余儀なくされる事態にまで発展した。


お金持ちだけ税金逃れをしているなんてズルいっていう声があがったわけですね。

―資産を海外に避難させる行為は、国際的なテロ組織にも見られる。だから、国を超えた資金の移動をしっかりと見張ることは、世界から暴力をなくすために不可欠だと考えられているわけだ。

***

指標16.4.2 国際基準及び手段に従って、適格な権威によって突き止められた、もしくは確立された違法な起源もしくは文脈によって捕らえられ、発見されもしくは引き渡された武器

 国際社会の監視をすり抜けて「武器」が世界中に散らばることも大きな問題だ。
 政権が不安定となったり崩壊してしまったりして、軍の保有していた武器が転売されるケースは後を絶たない。
 元をたどると、この時期の前半にアメリカやソ連が自分たちのグループについてもらえるように、世界各地の勢力に提供していた武器がいまだに流通している場合すらある。

 最近では、リビアの独裁者(注:カダフィ)が倒されたときに、兵器や元兵士が西アフリカ一帯に流出し、西アフリカのマリやモーリタニアといった国々の治安が不安定になった例や、イラクの政権がアメリカ合衆国によって倒された後(注:イラク戦争)、その兵器や元兵士がシリアとの辺境地帯に流れ過激な武装勢力(注:イスラーム国)へと発展した例がある。


武器の拡散って止められないんでしょうか。

―リビアの独裁者が倒された背後には石油の利権をめぐる欧米諸国の思惑が、イスラーム国の拡大の背後にも中東の覇権をめぐる周辺の大国やアメリカ・ロシアの角逐(かくちく)がある。
 「小さな目」で見ると、その土地における民族紛争にみえることでも、その地域の大国どうしの争いや、国際政治における対立といった「大きな目」で見ると、政治や経済といった要素が背景にあることが少なくない。

 たとえばこの時期に血みどろの内戦に苦しんだ西アフリカのシエラレオネというところは、ヨーロッパの植民地支配の影響から、さまざまな民族が同居するモザイク国家。


 シエラレオネで産出されるダイヤモンドでもうけようと、隣国のリベリアの政治家が首をつっこみます。


 政府に対して民族的に敵対していたシエラレオネの武装グループ(注:統一革命戦線(RUF、アールユーエフ))が、闇ルートでダイヤモンドをリベリアに流すと、リベリアから子どもでも使える銃や武器が大量にシエラレオネに流れたのです。
 その武器で武装グループは一時首都を占領し、多数の犠牲者が出ました。


そのダイヤモンドはどんなルートで外に出ていったんですか?

―いったんリベリアに密輸されたダイヤモンドは、「リベリア産」としてインドやイスラエルの研磨工場に送られ、それがオランダやニューヨークなどの世界的なダイヤモンド取引所に送られる。本当はそのダイヤモンドが、武器と引き換えに密輸されたことも知らずに…。
 この問題が発覚すると、こうしたダイヤモンドは”血のダイヤモンド”(ブラッドダイヤモンド)と呼ばれるようになり、アメリカ合衆国はのちにリベリア産ダイヤモンドの禁輸措置をとることになる。

 「ダイヤモンドが暴力を生む」―これと似たような構造は、まだまだほかにも世界中に残されているといっていい。



(上)はこれで終わりです。(下)では、国際的にますます活発になっている国を超えた人の移動とその影響ついて考えてみましょう。

(下)に続く

この記事が参加している募集

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊