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ギムレット 《詩》

「ギムレット」

幾つもの そびえたつ煙突からは

灰色の煙が立ち昇り

分厚い雲へと吸い込まれて行く

苦悩を含んだ大気がゆっくりと
地表に舞い降りる夜


間違い電話じゃ無い事くらい
最初からわかっていた

だけど彼は其の電話を切らなかった

理由なんて無い 

ただそうしたかっただけだ

ひとつ理由があるとしたなら

女がどうやって
電話番号を手に入れたのか 

其の経緯が知りたかった


ごめんなさい 間違い電話よ 
本当にそうなの 女はそう答える


彼の運命が勝手に独り歩きを始める 

何かに導かれる様に

彼は定期的に其の女と会う様になっていた

女はフロアの真ん中でダンスを踊る

ハイヒールでターンを切る 

スカートが揺れた

彼は指を鳴らして
バーテンダーにカクテルを注文した


そして彼は両手を不器用に女の腰にまわす

きっと彼は昔から其の女を知っていた
そして女も彼を…


ふたりは あの深い森に居る

スクランブル エッグとビスケット
ホット チョコレートとクッキー

其処には白いテーブルクロス 

柔らかな風

確かに間違いは無い 

彼の恋人は其処で微笑んでいる

彼は遠い記憶の中を彷徨っていた

彼女とふたり旅をするように


バーカウンターにはギムレット

女のキスの感触がまだ唇に残っている

女は有難う 
そう彼に一言だけ告げた

ギムレットには早すぎる 

彼はそう言いかけてやめた

彼はずっと独りで踊っていた

意識の中で恋人の幻を抱き寄せながら

空には雲が立ち込めて
月の光や星の輝きを奪う

時折雲の切れ間から見える月明かり

ジンとライムジュース

白色のショートカクテル

僅かに見えた月の色に似ていた


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