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高齢化するスタジアム その不安をかき消すのはロマンだ

「あなたは80歳になってもスタジアムでスポーツを観戦していると思いますか?」

僕の周りの人間にこの質問をすると、ほぼ100%の確率で、「ノー」と答える。

そういえば、他界した祖父は、自分の部屋でゴロゴロしながら、大好きなプロ野球をテレビ観戦していたのを思い出す。

果たして80歳になった時の僕に、スタジアムに足を運ぶモチベーションは、残されているのだろうか。

年々進むスポーツ観戦者の高齢化

Jリーグが毎年発表している「Jリーグスタジアム観戦者調査2018 サマリーレポート」によれば、Jリーグ観戦者全体の平均年齢は、41.9 歳

40歳以上の観客の割合は、2010年の調査では4割5分程だったが、2018年は実に全体の約6割を占めるほど、高齢化は進んでいる。


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(Jリーグスタジアム観戦者調査2018 サマリーレポートより)


もちろんJリーグに所属する各クラブは、さまざまな施策を打って若者を呼び込んでいるが、今後も高齢化に歯止めをかけることは難しいと考えるのが自然だろう。
そもそも日本がこれだけ少子高齢化が進んでいるのに、スタジアムだけが若返るということは考えにくい。そのような社会環境の中で、どのようにスタジアムに人を集めるのか。これは、今後のスポーツ界にとって大きな課題として横たわり続けるはずだ。

と、ここまでもっともらしいことを書いてきたが、僕はこれまで、スポーツ観戦者の高齢化に対する当事者意識が強くあったわけではない。偶然にもこの問題に出会うことになったのは、ある男への取材がきっかけだった。

そのきっかけを与えてくれたのは、浦和レッズ一筋で16年間のプロ生活を送り、サッカー日本代表としても活躍した鈴木啓太氏である。

高齢化の解決策のヒントは腸にあり!?


鈴木啓太さんは、2015年に現役を引退後、アスリートの腸内環境の解析を手がけるスタートアップ「AuB株式会社」を立ち上げた。この4年間の間にアスリートを中心に2200〜2300検体ものウンチを集め、便に含まれる菌を研究し続けてきた。詳細は、東洋経済オンラインで書かせてもらった以下の記事を読んでもらいたいのだが、このnoteでは、記事に書けなかったことを特別に少しだけ紹介したいと思う。以下の記事と合わせて、読んでもらえたら嬉しい。

東洋経済オンラインの記事の中でも少し触れられているが、鈴木氏は、サポーターとの会話によって、スタジアム観戦者の高齢化に対して課題意識を持つようになった。その時の鈴木啓太さんの言葉はこうだ。


「引退する少し前に、サポーターの方と、“もっとスタジアムにお客さんが来てくれたらいいんですよねぇ”なんて話をしていたら、サポーターの方がこう言うんですよ。“俺らも歳だし、もう疲れちゃってさ。Jリーグ始まってから25年も経つだろ。俺もあの時40歳だったのが、いまじゃ65歳だ”って。」


鈴木啓太さんがサポーターと交わした会話は、引退する直前のことだったそうなので、おそらく2015年頃の会話だと思われる。

僕の住む埼玉県には、Jリーグに所属するチームの試合を楽しめるスタジアムは、埼玉スタジアム2002やNACK5スタジアム大宮、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場、さいたま市駒場スタジアムがあるが、どのスタジアムも、決してアクセスが良いわけではない。スタジアムに行きたくても、疲れるから、遠いから、暑い(寒い)から、など様々な理由で、だんだんと足が遠のいていくことは、容易に想像がつく。一緒に応援していた仲間が離脱していけば、だんだんと、足が遠のいていくという負の連鎖だって起きるだろう。

不確かな時代だからこそ、ロマンを語ろうじゃないか


僕はこれまで生きてきて、否応無しに突き進んでいく超高齢化社会に対し、希望を感じさせてくれるような話はほとんど聞いたことがなかった。高齢化する社会にポジティブな発想ができないため、最終的には現実から逃避し、“なんとかなるだろう”とか、“そんなことを考えても仕方ない”といった結論で終わらせてきた。それが既に目の前にある現実であるにも関わらずだ。

だが、その未来に、少しロマンを感じさせてくれたのが鈴木氏の次の言葉だった。

例えばの話ですよ、と前置きした上で、鈴木氏は、言葉を続けた。

「高齢者の認知症や骨粗しょう症の問題がありますが、最近の研究で、筋力との関係性に注目が集まっているんです。もしも、アスリートの腸内細菌の研究によって、“こういう菌がいると筋力が増えやすい”という傾向がわかって、さらにその菌を増やすことができたら、高齢者の抱える課題を解決できるかもしれません。高齢者が効率よく菌を摂取し、適度な運動によって筋力をつけることができたら、リハビリ分野においても貢献できるんじゃないかなとか。

自分が健康なら、好きなことができるじゃないですか。目標に向かってチャレンジしたり、家族と大切な時間を過ごしたり、孫と一緒に運動したり。世の中にそういう人が増えたら、こんなにいいことはないですよね。」

まだ若いつもりでいるが、それでも毎年歳を重ねていくと、将来への不安も徐々に大きくなっていくものだ。それに、僕より若い人たちは、もっと先の見えない大きな不安を抱えているんじゃないかと思う。でも、僕は鈴木啓太という男のロマンに触れて、少しだけ、漠然とした不安が、ほんの少しだけ、薄れたような気がした。


「元スポーツ選手が、高度な先進分野に進出するなんて、夢があるね」

東洋経済オンラインで掲載された記事を読んでくれた僕の兄がこのような連絡をくれたのは、偶然じゃない。まだ不確かなことであっても、ビジネスでは優先されがちな、「理論や理屈を超えた夢・ロマン」があっていいじゃないか。

余談だが、取材の終了間際、雑談をしながら僕は鈴木氏に何気なく以下の質問をした。

「この時期は特に会食とか多いんじゃないですか?」

すると鈴木氏は、満面の笑みでこう答えた。

「今日は家族とご飯なんですよ〜。」

偽りのない満面の笑顔を見たとき、僕は鈴木啓太という男が抱くロマンに、期待が大きく膨らんでいくのを感じた。

瀬川泰祐の記事を気にかけていただき、どうもありがとうございます。いただいたサポートは、今後の取材や執筆に活用させていただき、さらによい記事を生み出していけたらと思います。