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SDGsスタートアップ。 その先、、、~ソーシャル・セクターにおけるプロジェクトマネジメントとは~

みなさん、ご参加いただき有難うございます。
SDGsスタートアップ研究分科会アドバイザーの高橋正憲です。
この紙面をお借りしてSDGsスタートアップ研究分科会について、私の想いをお伝えしたいと思います。

思い返せば今からちょうど12年前のこと、東日本大震災が起きたとき、私はPMI日本支部のPM標準担当の理事でした。それ以来、社会課題へのプロジェクトマネジメントの活用に取り組んできました。

SDGsスタートアップ。 その先、、、

たいそうなタイトルを付けましたが、国連の向こうを張ってというわけではありません。SDGsスタートアップ方法論の開発にかかわってきた身としては、みなさんにお話したいことがいろいろありますが、新しく参加いただいて方法論についてよくご存知でない方々も多くいらっしゃると思いますので、これまでの経緯を簡単に触れてから『その先』について考えたいと思います。

ではまず、SDGsスタートアップ方法論の開発に至った経緯からお話しましょう。

それは2011年3月11日、午後2時46分に発生しました。

ご存じのとおり東日本大震災です。東京の自宅で仕事をしていた私も大きな揺れに驚きました。すぐにテレビをつけてみると、東北の三陸沖で地震が発生し、巨大津波の危険があると繰り返し放送しています。
そのわずか30分後、宮城県から始まって北海道から千葉県に至るまで、太平洋沿岸の広範囲にわたって高さ10m以上の津波が押し寄せました。

PMI日本支部では、直後の理事会で「災害復興支援プログラム」の立上げを決定し、以下のような体制を作って活動を開始しました。

図1 災害復興支援プログラム

PMI本部では、2004年のスマトラ沖地震(死者22万人)のとき、多数のプロマネが復興支援に貢献し、国連などから感謝された経験があります。その時の体験に基づいて作成されたのがPMMPDR(Project Management
Methodology for Post Disaster Reconstruction)
です。こうした実績があるので、私たちPMI日本支部でもそれに基づいて支援をすすめられるはずと考えて、すぐに活動を開始しました。

そのとき私はPM標準担当理事をしていましたので、復興支援プログラムのパイロットチームのリーダーとして東北を回り、被災地の自治体や支援に入っているNPOの人たちから要望を聞き、協力できることから始めました。

はじめに行ったのは、被災現地の状況を知るために防災の専門家や阪神・淡路大震災のとき復興活動で活躍した実践者のグループに同行することです。実際のプロジェクトに参加し、一緒になって作業をすることもいろいろありました。

宮城県南三陸町の図書館の復興プロジェクト

その典型的な例は、宮城県南三陸町の図書館の復興プロジェクトです。海辺にあった瀟洒な建物が津波によって跡形もなく流され、館長さんも亡くなられました。

図書館復活のためにと多くの人々から数千冊の図書が送られてきました。ある企業からは仮説図書館用にとプレハブ建物やトレーラーハウスの寄贈がありました。全国から数十人の司書が集まって、送られてきた図書を整理し、カバーフィルムをかけたり、パソコンに登録したり、貸し出しの手続きを整備していきます。また、建物の内装や不足した機材の調達、町民への広報など、開館の準備をするためには実に多くの作業が必要でした。

図書館の復興プロジェクトを円滑にすすめるために、夜遅くまで関係者から作業内容を聞き取りながら、徹夜でWBSを作成したところ、「作業手順がとてもよくわかる」と喜ばれました。プロジェクトを推進するための段取りが一段落着いたところで、リーダー格の人に「進捗報告を聞いてWBSを更新すること」を言い置いて、いったんその場を去りました。

ところが、2週間ほどして再訪すると、目の前の作業は分担して進められてはいるものの、進捗報告はされていないし、WBSも更新されていませんでした。

『プロジェクト』を『マネジメント』するということ

この復興支援の世界にも『プロジェクト』はあります。ここでいう『プロジェクト』とは、【”復興”という目的を実現するために期間内にやる”活動”のこと】です。目の前に山積みされている”やるべきこと”、これが”活動”です。

しかし、『マネジメント』という認識はありませんでした。『マネジメント』というと世の中にはいろいろな定義がありますが、わかりやすく身近な言葉で表現すると、【目的を明確にしたうえで、期間内に『なんとかする』ために段取りを具体化・可視化して、それらの活動がうまく行ってるのかどうか(進捗状況)を把握し、もしうまく行ってなければ何とか対応すること】と、ここでは定義します。

この復興の現場では、『プロジェクト』、すなわち『やるべき活動』はちゃんと認識されてはいるものの、うまく段取りをつけて『マネジメント』していくという認識はありませんでした。

ソーシャル・セクターのプロジェクトマネジメントはどうあるべきか。

◎ 第1弾: ソーシャル・プロジェクトマネジメント研究会の創設

社会課題の解決にプロジェクトマネジメントは必要か?

2013年4月から「ソーシャル・プロジェクト勉強会」をスタートして、ソーシャル・プロジェクトの特異性、マネジメントの困難さを把握し、その解決のために「ソーシャル・プロジェクトマネジメント研究会」(以下、SPM研)の創設を提案しました。

図2 ソーシャル・プロジェクトマネジメント研究会の構成

2014年1月にSPM研が発足したころは、ソーシャル・セクターという存在が認知されず、PMI日本支部からも「その領域にリーチするメリットがあるのか」などと消極的な意見もありました。

私たちもまだ決定的なソリューションを見いだせていなかったところに、手法開発のリーダーをやっていた中谷英雄さん(現株式会社ピーエム・アラインメント取締役)が見つけてきてくれたのが、イリノイ工科大学のビジェイ・クーマー教授の著書『101デザインメソッド』でした。

101デザインメソッド
革新的な製品・サービスを生む「アイデアの道具箱」
Kumar, Vijay(著)渡部 典子(訳)
発行:英治

私はもろ手を挙げて賛成しました。
なぜデザイン思考なのか、なぜイリノイモデルなのか、詳細については『研究報告2021』を参照してください。

こうして、デザイン思考をベースにしてソーシャルPM手法の体系が出来あがったら、その普及のためにいろいろなケースを想定して、多様なツール、技法を活用しながら盛んにワークショップを行いました。

また、並行してソーシャルPM手法をCSV(共有価値創造)に応用する研究も進めて、デザイン思考とアジャイル・アプローチの連携、リーンスタートアップの導入などのアイデアを創出していきました。

世の中の流れとして、2015年に国連がSDGsを採択2016年には日本政府が『持続可能な開発目標(SDGs)実施指針』を策定し、2017年には2016年に経団連が企業行動憲章を改訂してSDGsへの対応を宣言しました。

私たちのCSV指向はまさにSDGsに重なり合うものですから、これを深耕してSDGs事業の構築手法を開発しようという考えに至りました。

◎ 第2弾: SDGsスタートアップ研究分科会の立上げ

社会課題を解決するためのプロジェクトマネジメントの方法論が必要だ

2018年8月、内閣府の地方創生SDGs官民連携プラットフォーム設立総会に参加して、その趣旨を把握した上でPMI日本支部として会員申請を提案しました。しかしこの時も「国連が17のゴールなどと言っても、そんなたいそうなことが実現するとは思えない」といった消極的な意見がありました。

私たちは手分けして、他社が主催するSDGs事業スタートアップに関する分科会5件に参加して、1年間リサーチを続けました。その結果、テーマを掲げていても実際に事業の立上げには至らなかったり、主催社側のソリューション販売促進の様なものだったり、体系的なアプローチは出来ていない実態が把握できました。

こうして会員登録をしてから1年間お預けになりましたが、2019年7月にようやく、スタートアップのアプローチを活用したSDGs事業立上げのための専門部会として、「SDGsスタートアップ研究分科会」をスタートさせることができました。

私たちは、顧客開発とスタートアップのアプローチを組み合わせて、事業立上げのプロセス定義を進め、SDGs事業の特質や事業立ち上げの難しさを理解した上で、困難を解決するための手法を開発しました。開発完了までに至った詳しい経緯については、どうぞ『研究報告2021』をお読みください。

SDGsスタートアップ方法論について

『社会課題を解決するためのプロジェクトマネジメント』をベースにして纏め上げた「SDGsスタートアップ方法論」の構成は以下の通りです。

図3 SDGsスタートアップ方法論の構成

なお、SDGsスタートアップ方法論そのものの内容については、このnoteの2022年11月25日付け稲葉涼太さんのブログに詳しく説明されていますので、そちらを参照してください。

ここでは、特に理解していただきたい方法論の特徴を2つ述べます。

1) 『RUNNING LEAN』のコンセプトを拡張している

私たちが開発した「SDGsスタートアップ方法論」がベースにしているコンセプトのひとつに、アッシュ・マウリャの『RUNNING LEAN』があります。

Running Lean : 実践リーンスタートアップランニング リーン
エリック・リース (著/文)、マウリャ アッシュ(著)
発行:オライリー・ジャパン : オーム社

ただし、『RUNNING LEAN』では『第1ステージ(課題/解決フィット)、第2ステージ(製品/市場フィット)』となっているところを、私たちの方法論では『フェーズ2、フェーズ3』としています。また、『RUNNING LEAN』では『その前にプランAを作る』ところを、私たちは『フェーズ1(アイデア/仮設のフィット)』としています。

図4 SDGsスタートアッププロセスの概要

というのも、『RUNNING LEAN』は新規の起業家が主人公のプロセスですから、ほとんど個人あるいはせいぜい2,3人で合意すればよいところです。
しかし、既存の企業の中でSDGs事業を立ち上げるには、初めにトップの承認と関連部門の賛同を得なければなりません。それがないと途中で挫折する危険があります。

2) 方法論を活用するにはテーラリングが必須

もう一つの特徴は、方法論を活用するにはテーラリングが必須だということです。

方法論は汎用に作られている(generic model)ので、それを実際のSDGs事業に応用するためには、適用の仕方を工夫(テーラリング)しなければなりません。このように特定の事業分野への応用に特化したものを適用モデル(implementation model)と言います。

私たちはSDGsスタートアップ方法論の開発を進めるのに合わせて、二つの適用モデルを作ってきました。その一つが舞鶴工業高等専門学校様の「小規模河川の洪水予測システムの構築」であり、もう一つが(株)カルティブ様の「企業版ふるさと納税を活用した地域課題解決プラットフォームの構築」です。いずれも『研究報告2022』に収録されていますので、ご参照ください。

『その先』にあるもの

以上、ソーシャル・セクターにおけるプロジェクトマネジメントの取組みについて二つの大きなテーマを説明してきました。ソーシャルPM研究会は、社会課題全般について汎用的に解決を図る取組みです。SDGsスタートアップ研究分科会は、SDGsの17のゴールについて全世界共通に取り組む枠組みです。

SDGsに関するみなさんの取組みも、国連が『2030年までに達成する目標・ターゲット』として設定した17ゴールのうちのいくつかを目指して、盛んにやっていらっしゃると思います。

私は、みなさんの取り組みのお役に立てるよう、全世界共通の目標としてSDGs達成のための方法論を開発し、ワークショップを開催してみなさんにお伝えしてきました。

いよいよここからは、さらに取り組んでいきたい、『その先』についての私の想いをお伝えします。

少子高齢化社会

『その先』とは、単純に”2030年以降の世界”ということではありません。たとえば、身近な日本社会にフォーカスしてみると、いま日本における喫緊のテーマは少子高齢化ではないでしょうか。それが社会的、経済的な日本の衰退の根源ともいうべき問題だとしたら、早急に取り組まなければなりません

図5 令和4年版高齢社会白書(概要版)
内閣府 高齢社会白書より

<編集注>
日本は、1970年に「高齢化社会(65歳以上の高齢者の割合が「人口の7%」を超えた社会)」に突入しました。 その後も高齢化率は急激に上昇し、1994年に「高齢社会(65歳以上の高齢者の割合が「人口の14%」を超えた社会)」、2007年に「超高齢社会(65歳以上の高齢者の割合が「人口の21%」を超えた社会)」へと突入しました。
また、少子化については「合計特殊出生率が人口を維持するのに必要な水準を相当期間下回っている状況」を「少子化」と定義しており、1970年代半ば以降少子化現象」が続いている。1997(平成9)年に子どもの数が高齢者人口よりも少なくなったので、少子社会となったことになる。

内閣府『高齢化白書』『少子化社会対策白書』より

日本を元気に!

SDGsスタートアップの第3の適用モデルと捉えてもよい論文について紹介します。「高齢化社会を活性化する交流ネットワーク改革の提言」と題して、IBM Community Japan の研究グループで作成したもので、近く公開される予定です。

少子高齢化によって、労働人口が不足して日本経済が停滞する、高齢者の社会保障負担が増大して国家予算を圧迫する、どちらも今危機的な状態にあります。

最近はコミュニティ作りが重視されており、若者のコミュニティ、高齢者のコミュニティなどが盛んにつくられています。しかし、コミュニティ意識が強くなると、より排他的になり、他のコミュニティとの分断が起こってしまいます

この状況を救うためには、若者のコミュニティと高齢者のコミュニティとが協働できる社会を作っていく必要があります。そのため、世代間をまたがるネットワーク作り、高齢化社会を活性化する交流ネットワーク改革が根本課題になってきます。

今後上記論文の提言を実現する活動を起こしていきますので、みなさんのご協力をお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございました。

SDGsスタートアップ研究分科会アドバイザー
高橋正憲

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