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失望の週末(フランス恋物語㊳)

懊悩

5月最後の土曜日。

窓から外を眺めると、雲一つない良いお天気だ。

今日、私は新しくできた彼氏・アランに誘われて、パリの野外フェスに行くことになっていた。

このイベントは2人だけでなく、彼の友達も一緒に来る。

私は楽しみな気持ち半分、アランがちゃんと彼女として紹介してくれるのか、みんなのフランス語の会話に付いていけるのかを心配していた。


そして・・・今夜、私たちはどうなるんだろう。

私とアランは、お付き合いを始めて今日でちょうど10日目だ。

その間に、サン・マルタン運河散策など3回デートを重ねたが、まだ体の関係はない。

「そろそろお泊りもいいかな」と思う反面、アランに本当に愛されているのか自信のない部分もある。

先日、親友のエリカちゃんに相談すると、「不安な気持ちがあるままなら、やめた方がいい」という適格すぎるアドバイスをもらった。

彼女の言うことは至極全うだ。

焦っても何もいいことはないし、愛情が感じられないまま深い関係になっても傷付くだけだろう。

それでも、今の中途半端な状態がイヤで「白黒はっきり付けたい」と思ってしまう自分もどこかにいた。

色々悩んでいても仕方がないので、心配してくれるエリカちゃんには大変申し訳ないけれど、二人の関係の進展は当日の状況次第で決めようと私は思った。

La Villette

フェス会場は、La Villetteという名前の大きな公園内にあった。

 パリ19区にあるLa Villette(ラ・ヴィレット)はパリで一番大きな公園である。公園中央にはウルク運河が流れ、市民の憩いの場となっている。
 35ヘクタール(35万㎡)ある敷地内には、科学産業博物館、ショッピング・レジャーセンター、大小の音楽施設や文化施設なども点在しており、年間を通して様々なイベントが催されている。

待ち合わせは、最寄り駅のPorte de la Villette駅前に14時と言われた。

先に着いた私が「先に着いたから駅前で待ってるよ。」とアランにメールを送ると、たった一言「J'arrive.」と返事が来て、「私は到着する。=もう着くよ。」という意味に使うんだなということを知った。

その予言通り、5分もしないうちに彼は現れた。

私たちは恋人らしくキスをして、再会の挨拶をする。

「大丈夫だよね・・・。多分。」


私たちが駅前で待っていると、アランの友人である男性3人が続々とやってきた。

見た感じ、みんな陽気で明るそうな人たちだ。

そして、アランが彼らに私を”Ma copine”(僕の彼女)と紹介しているのを聞いて安心した。


早速私たちは、野外に設置されているライブ会場に移動した。

ちょうどアランたちのお目立てのミュージシャン出演のタイミングだったようで、狂喜乱舞といわんばかりに彼らはノリまくっていた。

私はフランスの音楽は知らないけれど、「歌詞がわからなくてもこのサウンドは好きだな」と思うミュージシャンも何人かいて、自分がロック好きな部類の人間で良かったと思った。

pique-nique

ひとしきりライブを堪能するとステージ前を離れ、公園の広場でピクニックをすることになった。

芝生の上に座ると、みんなが持ち寄ったサンドイッチやワインを広げ始める。

何も聞かされていなかった私は手ぶらで来てしまったが、アランが「食べて食べて。」と言うので、少し頂くことにした。

そして・・・問題のフランス語会話だが、ネイティブについていけない自分がとてももどかしい。

雰囲気は楽しかったし、とりあえずアランの横にいてみんなの話をニコニコと聞いてはいたが、「これが日本だったら、もっと社交的に話せて心から楽しめてるのにな」と悔しく思った。

語学が苦手な自分にとって、やはり言語の壁は厚かった。

La cigarette

ピクニックでの食事が一段落した後、私は驚きの光景を目にした。

彼らはバッグから、刻みタバコの葉の入ったパックと専用の紙を取り出し、みんなで手巻きタバコを作り、火を点け吸い始めたのだ。

私はそれを見た瞬間、「これはヤバイ葉っぱの類ではないだろうか!?」と疑った。

私は生まれてから一度もタバコを吸ったことはないし、日本や海外のタバコ事情なんて知らない。

日本に住んでいる時周りに喫煙者はいたが、手巻きタバコをする人は見たことがなかった。

だから、”手巻きたばこ=一般には売られていない違法な物”という図式が頭に浮かんでしまったのだ。

私はこの時、「もし、変なにおいがしたり、彼らの言動がおかしくなったらここを逃げよう。アランとも縁を切ろう」と思っていた。

しかし、様子を見ていると、普通のタバコのにおいだし、彼らからは何の異変も見られなかった。

私は世間知らずな自分が可笑しかったが、「今まで私の前でタバコを吸わなかったアランが、友達と一緒ならノリで吸うんだ」という事実に、少なからずショックを受けた。

Discothèque

空が薄暗くなってくるとピクニックはお開きとなり、次はDiscothèque(クラブ)に移動することになった。

私は日本にいた時あまりクラブに馴染みがなく得意ではなかったが、パリのDiscotequeがどんなものか見てみたいという興味はあった。

入ってみるとたくさんの観客で埋め尽くされ、会場内は既に熱気に溢れている。

アランたちは人波をかき分け、ダンスフロアの中心部で踊り始めた。

私はそのノリに付いていけず、隅っこに退避して彼らが見える所で大人しくお酒を飲んでいた。

「あぁつまんない。いつになったらアランは『帰ろう』と言ってくれるんだろう。」

そのうち、アランたちは喫煙のために外に出ることが多くなり、「メインは外、お目当てのDJ出演時はDiscothèqueに戻る」という形を取るようになった。

迷子になりたくない私は彼らと行動を共にしていたが、暑かった昼間とは一転、夜の野外はとても寒い。

・・・とうとう我慢の限界に達した私は、こう言った。

「寒いからもう無理。帰る。」

気が付けば、時間はAM2:30になっていた。

終電はもうない。

アランはどうするのだろう。

「一緒に帰る」と言ってくれるのだろうか。


しかし、彼の返事は逆のものだった。

「僕はここにいたいから残る。レイコは先に帰ってていいよ。」

あぁ、アランは彼女よりも友達との楽しみを選ぶのね・・・。

二人で道路に出てタクシーを拾うと、お別れのキスもせずに「Bonne nuit.」(おやすみ)と言い、私たちはあっけなく解散となった。


私は、寒さとつまらなさから解放された安心感と、自分を最優先にしてもらえなかった寂しさを抱え、タクシーから流れる景色をぼんやり眺めていた。

・・・本当にアランは私のことが好きなんだろうか!?

結果的に、「今夜お泊りはしなくて良かった」と思ったけれど。

Adieu

私がタクシーに乗る前、アランは「明日もイベントに行くでしょ?待ち合わせは17時か18時かな。また明日電話する。」と言ってきた。

私はその時乗り気じゃなかったのに、なぜか「行く。」と答えてしまっていた。


翌日の日曜日。

16時半にアランに電話をしたが、不在だった。

メールを送ったが返事もない。


再び17時半に電話したが、留守電が流れるだけ。

「もしかしたら、昨日私と一緒にいてイヤなことがあって、わざと無視してるのかな?」

心当たりはないが、私はすごく心配になった。


すると、18時にやっとアランから電話がかかってきた。

「今パリ郊外の友達んちにいるから、イベント会場に行くのは遅くなると思う。君も行くよね?」

昨夜私は確かに「行く」と約束したし、17時待ち合わせでも行けるように、メイクなどの準備を終わらせていた。

それなのに、アランの適当な対応にはすごく腹が立った。

しかし、フランス語で自分の怒りを伝えられない自分がとてももどかしい。

「何時に待ち合わせなの?」

「わからない。多分19時半か20時。また電話するよ。」

そう言って電話は切れた。


しかし、20時になっても連絡はなく、こちらからかけても電話に出ない。

さすがの私も堪忍袋の緒が切れ、怒りのメールをアランに送った。

今、20:10だよ。
あなたは19時半か20時に待ち合わせって言ったよね?
なんで電話くれないの?
私はあなたの考えていることが理解できない。
今すぐ返事して。

私の怒りに気付いたのか、アランから返事が届いた。

ごめん。時間が経つのが早くて君に連絡するのを忘れていた。
僕は疲れていて、まだ出られない。

・・・はぁ!? 言っている意味が解らない。

そのフランス語の文章は極めてシンプルで、私の翻訳が間違っているはずはなかった。

あまりにもアランの対応がいい加減すぎるので、もしかして判断能力を著しく欠如させるヤバイ何かを友人宅で吸っているんではなかろうか!?という疑念が沸いたくらいだった。

 昨日の、アランが友人たちと一緒に手巻きタバコを吸引している光景が、再び目に浮かぶ……。

その後、私たちは自分の主張をメールでぶつけ合った。

あなたは誠実じゃないと思う。
今夜はもう会いたくない。
もう待つのに疲れた。
今夜何時にパリに戻れるかわからない。
今日は自分の予定を決めたくない。
そんなこと、私には関係ない。
私は怒ってる。
私はいい加減な人は好きじゃない。

ここまで送ると、アランから返事は来なくなった。

La déception

この二日間で、私はいっきにアランに失望した。

私が「誠実で優しくて知的」だと思っていた人柄は、彼のほんの一部分に過ぎなかった。

その後アランからの連絡はなく、二人目のフランス人の彼氏とは、たった10日ほどの交際で終わりを迎えた。(果たして、これを彼氏にカウントしていいのかどうかも微妙だけれど)

男女の関係にも至ってなかったのでややこしい情もなく、私に残ったのはやり場のない怒りと、不安からの解放だった。


今までフランス人男性と関わってきて、フランス語の壁を厚く感じた私は、次の彼氏候補を”ある条件”に絞ることにした。

「次付き合う人は、日本語ペラペラのフランス人にしよう」


この発想からくる行動により、私はまた新たな出会いを迎えることになってしまうのである・・・。


ーフランス恋物語㊴に続くー


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