ニームでの出会い(フランス恋物語73)
d’Arles à Nimes
9月19日。
南仏プロヴァンス一人旅3泊4日の行程中、3日目の朝はアルルで迎えた。
アルルのホテルは受付のチャラ男が最悪だったおかげで、私は甚大な被害を被った。
いい思い出がほとんどないアルルを発ち、次の目的地であるニームに私は早く移動したかった。
Les problèmes
アルル10時台発のニーム行きの切符を、事前にネットで用意していた。
しかし、出発20分前にアルルの駅に到着すると、電光掲示板に私の乗る電車の便が表示されていなかった。
駅の窓口にはたくさんの人が並んでいる。
私も一緒に並び、私の後ろに並んでいるおじさんにチケットを見せて、それが掲示板に載ってないことを話してみた。
すると、「線路内で事故があったから不通なんだよ。」と教えてくれた。
窓口のお姉さんは、「ニームに行く電車は不通だから、タラスコンという町までバスに乗って、タラスコンからニームまでの電車に乗ればいい。」と教えてくれた。
私の切符にメモ書きをし「これで乗れるから大丈夫。」と言われ、日本のように証明書が出ないので少し不安になったが、彼女の言葉を信じることにした。
お姉さんに言われた通り、私はアルルからタラスコンまでバスで移動した。
目の前のタラスコン駅に入り、ニーム行きのホームを探して電車を待った。
しかし、そのホームには私以外誰もいない。
「ニームってメジャーな街なのに、なんで私以外待ってる人いないんだろう?」
そう思っていると、向いのホームの駅員が「どこに行くの?」と大声で尋ねた。
「Nimes!!」
大声で叫ぶと、「今の時間のニーム行きのホームはこっちだよ」と教えてくれた。
私が急いで階段を駆け上がったのは、いうまでもない。
・・・こうして色々難関はあったが、予定より2時間遅れで私はニームに到着した。
フランス語ができない人間だったら、今日中にニームに辿り着けなかったであろう。
私は海外の一人旅がつくづくイヤになった。
ニーム駅近くのレストランでランチのパエリアを食べると、ホテルに直行した。
心身共に疲れた私は、今日は観光はせず、ファビアンとの待ち合わせまでホテルで寝ることにした・・・。
Fabien
ファビアンとは、16時に円形闘技場の入口前で待ち合わせをしている。
私は彼らとの合流を待ち焦がれて、10分前にはそこにいた。
ニームでアジア人女性の一人旅だと目立つので、きっと向こうから私を見付けて、声をかけてくるに違いない。
・・・ファビアンはサミュエルのいとこだが、サミュエルに似てるんだろうか?
サミュエルはオーランド・ブルーム似の美形だから、いとこのファビアンもイケメンなのかもしれない。
まぁそんなことを言っても、彼女連れで来るから私には関係ないのだが。
「C'est Reiko?」
考え事をしていた私は、その声で我に返った。
そこには、オーランド・ブルーム・・・いや、サミュエルそっくりのファビアンが立っていた。
「Oui,c'est moi. C'est Fabien?」
私は夢を見ているようだった・・・。
サミュエルとファビアンはいとこというより、双子の兄弟みたいだ。
年も同じ32歳だが・・・それにしても瓜二つすぎた。
私は人恋しさと、封印していたサミュエルへの淡い想いが再燃し、いとこのファビアンに抱きつきたい衝動に駆られたが、そこはグッと堪えた。
ファビアンは「よろしく。」と言って、私にビズをした。
それだけでも、私は心があったかくなるのを感じた・・・。
そういえば、ファビアンは彼女と来ると聞いていたが、それらしき女性の姿が見えない。
私が「彼女は?」と聞くと、ファビアンはこう答えた。
「実は3日前に別れて、今日は僕一人だけなんだ。」
「そうなんだ・・・。」
私は、嬉しいような不安なような、複雑な気持ちになった。
でも・・・今から数時間一緒に闘牛観戦するだけだ。
いくら大好きなオーランド・ブルーム似とはいえ、会ったばかりのファビアンをすぐ好きになることはないだろう。
「じゃ、入場しましょう。」
気を取り直して私は言った。
Arénes
ファビアンが2日分のチケットを用意してくれていたので、私は事前に用意していた代金を渡した。
日本の銀行の現金用封筒を渡すと、ファビアンはそれを興味深そうに眺めている。
「ここは初めてでしょ? 開始まで時間があるから、中を案内してあげる。」
そう言うと、ファビアンは階段のある方向へ向かって歩き出した。
【Arénes de Nimes】(ニーム円形闘技場)
紀元1世紀に建設された巨大な古代闘技場。
大きさは133×101m、2階層の建築で、建設当時は2万1000人の観客を収容できたとされる。
現存するローマ劇場の中でも保存状態の良さはトップクラスとされており、円形がきれいに残っているのが特徴で、猛獣を入れていた檻・闘技場を囲む柵・座席も現存している。
かつては奴隷同士の闘技が行われたこともあったといわれているが、現在はコンサートや演劇などのイベント会場として使用されている。
その中でも最も盛り上がるのが、”Feria”(=スペイン語:祭り)と呼ばれる闘牛祭である。
私はファビアンに付いて階段を上がってゆく。
そういえば、プロヴァンスの方言は訛りがきついと聞いていたが、ファビアンの話すフランス語はパリジャンと変わらないことに気付いた。
それについて尋ねると、ファビアンは笑って答えた。
「そうなんだ。
僕の父はニームの人間だけど、母がパリ出身だから、僕は標準語もプロバンス訛りも両方話せるんだよ。」
なるほど・・・。
それから私は、もう一つすごく気になっていることも聞いた。
「あなたが、いとこのサミュエルにそっくりで驚いたの。
それってよく言われる?」
私の方を振り返りながら、ファビアンは答えた。
「レイコもそう思うかい?
実は僕の父とサミュエルの父は一卵性双生児なんだ。
だから、いとこ同士でも似たのかもしれない。
僕たちは、子どもの頃からそっくりだとよく言われてきたよ。
サミュエルとは5年ぐらい会ってないんだけど、やっぱり今も似ているんだね。」
話しているうちに、私たちは闘技技場の観客席に出た。
その眺めは古代ローマの映画に出てくる世界そのもので、まるで当時にタイムスリップしたようだ。
景色に見とれていると、ファビアンが言った。
「レイコは高い所は大丈夫?
良かったら、すごい景色を見せてあげるよ。」
ファビアンに言われるまま付いて行くと、そこは観客席の最上階だった。
柵や手すりは付いておらず、その向こうは青空が広がっているだけだ。
あまりに無防備な造りに私は怖気づいた。
「強い風が吹いたら飛ばされそう。」
冗談を言うと、ファビアンは笑顔で言った。
「大丈夫。その時は僕が捕まえてあげるから。」
・・・その言葉に、私は少しキュンとしてしまった。
La corrida
開始時間の17時になり、まずは入場行進のパレードが行われた。
この時点で観客は既に大盛り上がりだ。
その熱狂ぶりは、一体どこから来ているのだろう?
事前にyoutueで予習してきた闘牛だが、やはり映像で見るのと生で見るのとは全然違った。
私は今まで生きてきた中で、一番残酷な物を見ていると思った。
でも目を背けることはなく、その様子をずっと凝視し続けた。
闘牛には、闘牛士(正闘牛士・見習い闘牛士)の他に槍方、助手という職業人が関わっているが、彼らは常に死と隣り合わせだ。
死への恐怖を乗り越えてでも「この仕事をやりたい」と思わせるだけの魅力が、闘牛にはあるのだろう。
ここに来たからには、彼らの覚悟と心意気をちゃんと見届けなければ・・・。
私はそう思ったのだ。
観戦中、横にいるファビアンはいいタイミングで説明をしてくれる。
「最後、闘牛士は牛の後頭部にある急所を剣の一突きで絶命させなければいけないんだけど、それが結構難しんだよ。
1回でとどめをさせればいい闘牛士だと認められるけど、それが2・3回ともなると観客からはブーイングが起こる。 」
闘牛士が剣を牛に向けて見据えるシーンはまさに真剣勝負で、息を飲む瞬間だ。
彼が見事一突きで牛を絶命させると歓声が上がり、観客は白いハンカチを振り、賞賛の意を表す。
これは観客が「いい闘牛士」と認め、主催者に褒賞を与えるよう訴えるサインらしい。
息絶えた牛は、数頭の馬に引きずられて退場していく。
ここでもファビアンが教えてくれた。
「観客が”いい牛”だと認めたら、牛に対しても健闘を称えて拍手で送るんだよ。」
なるほど、牛にまで敬意を払うとは・・・。
知れば知るほど、闘牛の世界は奥が深いなと思った。
私たちは、17時から19時半の間に計6回の闘牛を観戦した。
今朝のアルルからニームの移動トラブルで疲れた上、ショッキングな闘牛を観て、私の疲労はピークに達していた。
ファビアンは食事に誘ってくれたが、私は早く寝たかったので断った。
「わかった。じゃ、ホテルまで送るね。」
フランス人男性はやっぱり紳士だ。
帰り道
円形闘技場からホテルまで歩く途中、ファビアンが明日の予定を聞いた。
私は、10時にホテルをチェックインしたら、16時の闘技場待ち合わせまでニームを観光するつもりだと答えた。
すると、ファビアンはこう提案した。
「明日、僕も空いているから、ニームの観光名所を案内してあげるよ。」
もう孤独にうんざりしていた私は、二つ返事でその言葉に乗った。
「是非お願いします。
地元の人が案内してくれるなら、とても心強いわ。」
ホテルの玄関前に着くと、ファビアンは「じゃ、明日朝10時にロビーに迎えに行くね。」と言い、私にビズをした。
そういえば、闘牛を見たショックで忘れていたが、ファビアンはオーランド・ブルーム似の超美形だった。
私はその美しい顔を眺めながら、「À demain.」(また明日)と言った。
帰ってゆく彼の後ろ姿を見送りながら、「絶対にファビアンと好きになってはいけない」とも思いつつ、明日のデートが楽しみで仕方がない自分に気付いた。
果たしてファビアンと一日一緒に過ごして平静でいられるのかどうか、それは明日にならないとわからないのであった・・・。
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