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ミカエル来日、再会(フランス恋物語127)

Le certificat

3月1日、月曜日。

店長の指示で、私と類は社用車でお使いに向かった。

オーナー宅に訪問し、契約書に署名・捺印をもらう仕事で、用事を終えた私たちは、類の運転する車で店に戻っていた。


・・・行きは仕事の話しかしなかったけど、帰りもそれで終わるかな?

そう思っていたのだが、類の考えは違っていたようだ。

「玲子ちゃん、見てもらいたいものがあるんだ。」

そう言うと、彼はポケットにしまっていた紙を取り出し、私に手渡した。

私は無言でその紙を開いた。

「離婚届受理証明書・・・。」

類は、淡々とした表情で報告した。

「先週離婚届を提出してきたんだけど、戸籍の反映には1週間以上かかると聞いたから、とりあえずその証明書を発行してもらったんだ。」

「あ、そう・・・。おめでとう。」

他に思い付く言葉が見当たらない。

類は一つ大きな溜息をついた。

「本当にここまで来るのに長かったよ。

彼女はなかなか離婚に応じてくれなかったからね。

でも、玲子ちゃんのおかげで連絡取るきっかけができて、その後はすんなり離婚できて良かった・・・。

本当にありがとう。」

「・・・そう、良かったね。」

そう言いながら、私は離婚受理証明書を類に返した。

受け取る時、類は私の手を握った。

「玲子ちゃん、明日、誕生日だよね?

良かったら一緒にお祝いしたいんだけど、どうかな?」

私はその手を振り払い、断った。

「明日は、彼氏に祝ってもらうからいいです。」

前にも彼氏いるって言ったのに、すぐ別れるって思われてるのかな?

それとも、彼氏いても関係ないとか?

類は、わかりやすいぐらいシュンとした。

「やっぱりダメか・・・。」

「ダメです。

お願いだから、他の人と幸せになってください。」

私は、類に新しい彼女ができることを心から祈った。

Les retrouvailles

3月2日、火曜日。

今日は、私の31歳の誕生日だ。

そして、ミカエルが来日する日でもある。

この日、私は仕事の休みを取っていた。


「若松河田のシェアハウスに、16時に来て。」

ミカエルは事前に、シェアハウスの住所をメールで送っていた。

私はその住所を頼りに向かった。

若松河田は新宿から2駅なのに、住宅街が広がるのどかな町だった。

着いてみると、シェアハウスといっても、一戸建てではなく、5階建てのマンションのようだった。

ミカエルは、「6人部屋に友達と住む」と言っていたのを思い出した。


彼の部屋は2階だった。

ドキドキしながら、インターホンのボタンを押す。

「コンニチハ。」

ドアが開くと、ミカエルではない二十歳ぐらいの白人の男の子が出てきた。

・・・ルームメイトかな?

とりあえずフランス語で話してみよう。

「Bonjour, c'est Reiko.

 Je voudrais voir Michaël.」

彼はニコッと笑うと、ミカエルを呼びに行った。

しばらくすると、ミカエルだけでなく、他の野次馬の男の子たちもわらわらと玄関に出てきた。

みんな口々に「コンニチハ!」と、覚えたての日本語で挨拶をしてくる。

そのグループの中でも、ひときわ美しいミカエルはやはり異彩を放っていた。

みんなに囲まれて、苦笑するミカエルが可愛らしい。

彼らのせいで感動の対面とはならなかったが、とにかく元気そうなミカエルの姿が確認できて私は安心した・・・。


「屋上に行こう。」

ミカエルは日本語を勉強中と言いながら、相変わらずフランス語で話しかけた。

このマンションは住民なら自由に屋上に上がれるらしく、私はミカエルに手を引かれ外階段を登った。

22歳の彼はさらに大人っぽくなり、私を導く姿は王子様のようだ。

こんな美しい男性が自分をずっと好きでいてくれるなんて、奇跡としかいいようがない・・・。

”遠距離”という問題がクリアになった今、私たちの間にはもう何の障害もなかった。

Le embrassement

屋上に着くと、周りは低層住宅街で、5階建ての高さでも眺めは良かった。

私はミカエルの来日祝いに、彼の姓を彫ったオリジナルの印鑑をプレゼントした。

彼は「Merci beaucoup!!」と言って、その印鑑を大事そうにポケットにしまった。


そして、私たちは抱き合い、見つめ合った。

ミカエルは、優しく微笑みながら言った。

「Enfin...,je suis heureux de te revoir. Et bon anniversaire.」
(やっと会えて嬉しいよ。それから、誕生日おめでとう。)

「Merci beaucoup.」
(ありがとう。)

そして、私たちは再会のキスをした。

ミカエルとキスをすると、私の心に幸せの火が点る・・・。

私は、最後に彼に会った10月の終わりを思い出していた。

あれから5ケ月か・・・長かったな。

その間、彼はずっと私を愛し続けていてくれたんだと思うと、嬉しい気持ちと同時に、とても申し訳なく感じた。

でも、これからはミカエルの愛に全力で応えるし、私ももっと愛したい・・・。


彼のキスは初めは遠慮がちだったが、次第に熱を帯び、激しいものへと変わっていった。

会えない期間が、彼を情熱的にしたのかもしれない。

とはいえ、ここは屋上なのでそれ以上のことはできないが・・・。

唇を離した後、ミカエルは私に聞いた。

「玲子・・・続きは今夜、君の家でしてもいい?」

私は「bien sûr.」(もちろん。)と答えた。

・・・あぁ、遂に今夜はお泊まりか。

前回、パリのアパルトマンでミカエルを泊めたことを思い出した。

あの時は、私の生理が始まって途中でやめっちゃったんだよな。

今度こそ最後まで・・・と思うと、顔が赤くなった。

Le dîner

ディナーは、ミカエルのリクエストで、飯田橋にあるガレットの有名店を予約していた。

飯田橋から神楽坂のエリアは、アンスティチュ・フランセ東京(旧・東京日仏学院)や在日フランス人学校があり、フランス人が多く住んでいる。

その関係で、この辺りはフランス料理店が多く、いわゆる高級フレンチだけでなく、フランスの家庭料理や、地方料理など、あらゆるフレンチグルメの店が軒を連ねている。

ここにガレット専門店ができたのも、そういう背景からだろう。


ミカエルはブルターニュ出身の母親にガレットのレシピを習っていたので、「日本に来たら、語学学校に通いながらガレット専門店で働きたい」と言っていた。

電車の中で、ミカエルは今夜この店をディナーに選んだ理由を熱く語った。

「今日は玲子の誕生日なのに、僕のリクエストを聞いてもらってゴメンね。

その代わり、今度のデートの時は玲子の行きたい店に行くから。

僕は一日も早く、東京でのバイト先を決めたいんだ。

東京だとここの店が有名だし、うちからも近いから、味と雰囲気が良かったら、応募しようと思ってて。」

彼がパリの私のうちに泊まりに来た時、作ってくれたガレットの味を思い出した。

「うん、ミカエルの作ったガレット美味しかったもんね。

その店がアタリだったらいいね。」


店内に入ってみると、こじんまりとした雰囲気の可愛らしいインテリアで飾られていて、室内席とテラス席があった。

スタッフはほとんどフランス人のようで、「Bonsoir!!」と陽気に挨拶してくる。

フランス人を積極的に採用しているのなら、ミカエルにとっては朗報だと思った。

私たちは室内席に通されると、前菜、ガレット、デザートクレープ、ドリンクのセットを注文した。


運ばれてきた料理はどれも美味しくて、これならミカエルも気に入るのではないかと思った。

「どう?美味しい?」

彼は上機嫌で答えた。

「うん、いいね。

ガレット一つとっても色んなアレンジがあるから、すごく勉強になる。

スタッフもみんなのびのびと楽しそうに働いているし、僕、ここに応募してみようと思うよ。」

すると、たまたま壁に「スタッフ募集」の貼り紙があるのを見付けた。

「ミカエル!!

今、このお店『スタッフ募集』って書いてあるよ。

『詳細はお尋ねください。』って書いてあるから、食事が終わったら聞いてみたら?」

ミカエルは、「そうしてみるよ。ありがとう。」と言った。


食後、ミカエルはフランス人スタッフを呼び止め、求人の話を聞きたい旨を告げた。

スタッフは、「ちょっと待って。」と言い、厨房に言ったがすぐ戻ってきた。

彼は、「今、オーナーシェフは忙しいから、後日面接に来てくれる?またここに電話をして。」と言い、お店の名刺をミカエルに渡した。

ミカエルは、その名刺を大事そうに見つめている。

「良かったね。夢の第一歩だね。」

私は、彼がここで働く姿を想像した。

chez moi

食事が終わると、私はミカエルを連れて明大前のうちに帰った。

狭い間取りの家なので、廊下にくっついたキッチンを抜けると、寝室しかない。

彼は、初めての東京の女性の部屋を珍しそうに眺めている。

「パリの部屋に比べたら、狭いでしょ?」

そう言うと、ミカエルは私を抱きしめながら答えた。

「いいよ。狭い方が・・・。

その方がずっと玲子を近くで見ていられる。」

ミカエルはキスをしながら、私の服を脱がし始めた。

え・・・もう、いきなり!?

「ちょっと待って。

ほら、私たち久しぶりだし、まだシャワーも浴びてないし・・・。」

私が止めようとすると、ミカエルは切ない表情で訴えた。

「玲子・・・僕は5ケ月も待ったんだよ。

もうこれ以上待てない。」

そう言われると可哀想な気がして、彼の希望に応えようと思った。

・・・そっか。

私はその間も色んな男性と付き合ってきたけど、ミカエルは私のために清らかな体のままでいてくれたんだもんな・・・。

sur le lit

彼は、私をベッドに寝かせると、「玲子の体が見たい。」と言って、一糸まとわぬ姿にした。

私は裸で抱き合いたくなって、「ミカエルも脱いで。」と言い、彼を脱がせた。

ミカエルの体はとてもあったかくて、その体温を感じると「やっと会えたんだな」と実感する・・・。


彼は長いキスをした後、5ケ月前の時と同じように、私の足の爪先から愛おしそうに舐め始めた。

シャワーを浴びていない状態でこれをやられるのは、本当に恥ずかしい。

何度も「Arrête.」と言ったのに、彼はやめてくれなかった。

これは彼の愛なのか、単なる性的嗜好から来るものなのか・・・!?


彼の唇は、足から腰へと上ってゆき、私の全身に愛の刻印を付けてゆく。

「玲子、ここすごく感じてたよね?」

そう言うと背中の窪みを執拗に攻め、私は何度も悲鳴を上げてしまった。

ミカエルはその声を聞くと、満足気な表情で私にキスをした。

「玲子が感じてくれて嬉しいよ。

僕は、その表情と声が堪らなく好きなんだ。」

私はそんな姿態を見られるのは恥ずかしかったが、彼に好きと言われるのは嬉しかった。


私もお返しに舐めようとすると、ミカエルはくすぐったそうに笑った。

「いいんだよ、玲子は。

それより・・・早く一つになりたい。」

私は唾を飲み込んだ

・・・いよいよ、この時が来た。

今回は、先日生理が終わったところだし、絶対大丈夫。

私たちを阻むものは何もないはずだ。


満を持して、私たちは一つに溶け合った。

彼の動きは、とても優しくて、繊細で、愛に満ちている。

初めてのことなのに、自分たちの相性がいいことは、なぜかすぐにわかった。

今、私はミカエルに抱かれている・・・。

ミカエルは私を見つめ、「Je t'aime.」と言った。

フランス語での「Je t'aime.」は”愛している”の最上級の言葉で、私がフランス人に言われるのは、これが初めてだ。

私も夢中で、「Moi,aussi.」(私も。)と答えた。


・・・あぁ、ミカエルは本当に私を愛してくれているんだな。

真っ直ぐで強い愛情を心身共に感じて、感激して涙が出た。

そして、今までの他の男性との恋も、もしかしたらこの瞬間のためにあったのではないか・・・と思ったほどだった。

ミカエルと出会ってから今日までのことを思い出し、私は思った。

ミカエル、ずっと私を好きでいてくれて、ありがとう。

私も、これからはずっとあなただけを愛し続けます・・・。

L’âme sœur

・・・初めてだというのに、私たちは二人同時に果てた。

「嘘でしょ!?まだ1回目なのに!?」

私は驚きを隠せなかった。

ミカエルはキスしながら、知ったような言い方をした。

「だから言ったでしょ?

僕たちは運命の二人なんだって。」

なんで22歳の男の子にそんなことがわかるのか、私は不思議で仕方がなかった。

「すごいね。ミカエルは超能力者だね。」

私がおだてると、彼は得意気に言った。

「じゃあ、今、玲子が思っていることを当ててみせるよ。」

「なになに!?」

彼はいたずらっぽい表情で言った。

「Encore une fois s'il te plaît.」(もう一回お願いします。)

「Tu as raison!!」(その通り!!)

私たちは笑い合って、再びキスを始めた。

二人の物語は、まだ始まったばかりだ・・・。


ーフランス恋物語128・最終話に続くー

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