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多種多様失恋

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「失恋」がテーマの短編小説集。様々な形の失恋を置いてます。フェチズムに刺さったり、処方箋になったりしてくれたら嬉しいです。
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記事一覧

大人劇場

目がチカチカする。何色なんだかもわからない色のライトが辺りを飛び回り、聞いたこともない音楽に動きを合わせながら知らない人と肩を組む友人の姿は明らかに異様だった。

所謂大学デビューをつい先日果たしたばかりの私は、人生初めてのクラブに来ている。

誘ってくれたのは大学で初めてできた友人だった。若い言葉でいうパリピに属する友人はまるでファミレスやマックと変わらない口ぶりで誘ってきたものだから末恐ろしい

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二十六区の夜行車

枠の中を流れていく星空が綺麗だ。この電車はどこへ向かうのか、行き先が示されていないものだからわからない。一緒に乗り込んだ恋人は呑気にスナック菓子を咀嚼していた。ペットボトルの封を軽く開けてから差し出せば、待ってましたと言わんばかりにそれを受け取り飲み込んでいく。夜行列車のため化粧の一つもしてこなかった彼女はへらへらと笑いながら菓子を勧めてくる。どこへ行くか何度聞いても答えてくれないのでもう聞くのは

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恋はファッション

「ね!先週のデート、どうだったの?」

キラキラとした話題でいつも始まるガールズトークは大抵色づいた話ばかりだ。誰がかっこいいだの誰とどこへ行くだの誰になに言われただの誰が気になるだのなんだのかんだの。適当であるようで真意や敵意が上手に隠れている女の子のナイショバナシは今日も勢いよく開幕する。
どこの何が美味しいとかよりも、あそこの新商品のコスメが可愛いとかよりも、もっともっと興味を引くもの。私達

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じゃれあうDNA

顔がいい。生まれながらにして人生の成功を確定事項とされることだ。
SNSに写真をあげればあっという間に評価が集まり拡散されていく。努力して可愛くなったなどと、よく言ったものだと思う。そもそも持って生まれたものが違うじゃないか。整形するお金も支払わずに高い化粧品だけ使っていればいい癖に。たちまち溢れる好意のメッセージ達に寒気がする。顔がいいだけでこんなに褒めてもらえるなんて、本当に羨ましいし、妬まし

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水槽落下

これは、ぼくが水槽に落っこちた日のはなしだ。

その日はとても暑い日だった。窓を開けて、カーテンを閉めて、冷房の温度を目いっぱい下げて、扇風機も回して。それでも汗が滲んでくるような夏の日。夏祭りでつかまえた金魚にエサをやって、お前はいいよなあ、水の中で。なんて思っていた日。コンコンとノックの音がして、間延びした返事をしてドアを開ければ、そこにはお風呂くらい大きい水槽があった。
「え…」
なんだこれ

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悪女のマナー

トイレのことを御手洗いと呼ぶのが自分に定着したのはいつからだっただろうか。誰かと出かけるときに必ず3回は行く場所の名前をお上品にと心がけるようになったのはそのとき一緒にいた男が原因だった気がする。マットで濃いめの赤い紅を唇へ引き、上から数ヶ月前に春限定色で販売されていたピンクのラメ入りグロスを重ねる。ティントが好みじゃない私なりの、大人の階段の登り方。ヒールは足が疲れちゃうけれど、ぺったんこはNG

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ふしあわせな蝶々結び

大きめのアウトレットに足を運んで早一時間。平日の昼間だというのに人で溢れ返っているこの施設には、僥倖が詰まっているようで悍ましい。自らには不釣り合いだとわかっているから、足を運ぶことも少ないのだが、今日はどうしても買わなければならないものがあった。そしてそれは、こういう僥倖の詰め合わせ施設に沢山置いてある。
家族連れから、カップルから、制服を着た若い女の子から。皆が皆笑顔で悲しくなってしまう。ふら

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イマドキ・トレンド・ガール

お気に入りのペディキュアのツンとくる匂いが存外好みだったりする。タイツとソックスに隠れてしまう足の爪に色を乗せていくこの時間は私にとって幸福そのものだと言える。今週はラメを入れようかな。体育の着替えの時に委員長にバレたりしないかな。ドキドキ背徳感。通知の知らせでほとんど鳴りっぱなしのiPhoneが恨めしそうにこちらを見ているので手に取って返事をしていく。仲のいい友達から、一緒にいるグループの子達か

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灰色の週末

月曜日はいつにも増して憂鬱だ。二日間休んだ分の仕事が溜まっていることは安易に想像できるし、なによりかったるい朝礼がある。校長先生の長い話を半目で聞いていればよかった学生時代とは違って、社会人の朝礼には発言する時間がある。内容はこれといって特別なことはなく、先週の進捗だとか、今週中にやらなければならない案件だとか、何曜日は誰がいないだとか、偉い人がくるだとか、そんなこと。
朝礼を思い浮かべてどんより

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やさしい復讐

待ち合わせに間に合った試しがない。
揃いで買った腕時計の針を見つめて溜息を吐く。催促の連絡を入れればすぐに返信が届く。「もうすぐ着く」いつもこれだ。もうすぐの定義が君と私とじゃ違いすぎて話にならない。あらかじめ予想して持ってきていた文庫本を取り出して字を追うことにする。今日は何分、こないのかな。

「ごめん!」
待った? と続けないのを褒めてあげたほうがいいのかどうか迷って、結局褒めるのはやめた。

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