大人劇場

目がチカチカする。何色なんだかもわからない色のライトが辺りを飛び回り、聞いたこともない音楽に動きを合わせながら知らない人と肩を組む友人の姿は明らかに異様だった。

所謂大学デビューをつい先日果たしたばかりの私は、人生初めてのクラブに来ている。

誘ってくれたのは大学で初めてできた友人だった。若い言葉でいうパリピに属する友人はまるでファミレスやマックと変わらない口ぶりで誘ってきたものだから末恐ろしい。行ったことがないなんて知られてしまえばたちまち友達をやめられかねないと思い、私は息をするようにその誘いを飲み込んだ。未だに使い方が正しいかどうかわかっていないヘアアイロンで髪の毛を巻き、失明したらどうしようといつも怯えながらカラコンを目に入れ、毛虫か何かかよと思いながらつけまつげをつけた。入り口の前で年齢確認をされて息をのんだが、友人が背伸びをして受付のお兄さんに耳打ちをすれば入れるような世界。手首によくわからないバンドを嵌められ、手の甲にスタンプを押され、入った先は未知の領域。パッと見て浮かんだ感想は動物園だ。

そもそも飲酒すらしたことがない。大学一年生といえど未成年だ。犯罪を起こすのは恐ろしいし、後ろめたい気持ちになるのが嫌だったし、お母さんに泣かれてしまうかもしれない。等々の理由から、お酒も煙草も触れたことすらない。そんな自分がクラブだなんて烏滸がましすぎたのだ。バチが当たっているのだろう。いつの間にか人の波に飲み込まれてしまった友人の姿はもう見えない。そこそこ広いフロア内で合流するのは難しそうだし、合流したとしてもあの異様さにはついていけないだろう。タクシー呼んでかえろ。それで明日適当に誤魔化しのラインをしよう。

「ね、こういうとこ初めて?」
「っあ う、え、はい」
「ははは!ほとんど無理やり連れてこられた系だ!」
「あ、や、そういうわけじゃ…」
「ふうん。まあなんでもいいよ!俺とちょっと話そう」

腕を引っ張られて足が勝手にその人についていく。キャップを被ったあどけない顔で笑う青年は、ここにいるのだから成人しているのだろうけれど、少年と呼ぶ方が似合うほど無邪気に見えた。カウンターらしき場所で飲み物を二つ頼んだ彼は、私にそのうちの一つを手渡して階段を上がっていく。手は掴まれたままなので、私はお財布からお金を出すことも出来ないままだった。幾人もとすれ違い、いくつかドアを開けた先に彼が座る。そこは喫煙室のようなところで、煙草の匂いが染みついていた。部屋の至る所にある灰皿が目に付く。彼は奥のソファに座ると隣をぽんぽんと叩く。座れという意味だろう。ようやく離れた腕に安心しつつひと一人分の距離を開けて隣に腰掛ければ、彼はくつくつと喉を鳴らして笑った。

「それ、コーラだから飲んでも大丈夫だよ」

すっかり汗をかいてしまった私の手の中にある飲料を指差して彼は笑う。私のコーラと同じ容器に入った不思議な色の飲料を彼は何食わぬ顔で飲み込んでいく。ひとくち、飲み込めばちゃんとコーラの味がした。よかった。と、そこでお金を支払っていないことを思いだし慌てて容器をテーブルに置き鞄を漁る。

「お金!はらいます」
「いい、いい。俺が話したかったんだから」
「で、でもっ」
「いらないからちょっと付き合ってよ、ね?」

断るなど微塵も思っていないのだろう。彼は私の返事を聞く前に煙草に火をつけてしまった。このコーラがなくなるまでにしようと決めて彼の方へ向き直る。話しかけられた時からずっとうるさい心臓がはちきれそうだ。

「あ。一番最初に言っておく。俺のこと好きになんないでね?」

なんだこいつは。と、株が急降下した。確かに顔は格好いいし、雰囲気も好きだし、声も格好いいし、なんならすごいドキドキしていたけれど。けれども、だ。出会って数分の人のことを好きになるなんてありえない。しかもこんな、恐ろしいところで。

「ふふ、カワイイね。お酒とか飲んだことないの?」
「…はい。未成年なので」
「嘘!まじ?どやって入ったのよ」
「友達の顔パスで」
「へぇ~。ふぅん…、いいじゃん。差し詰め大学デビューってとこ?」

図星である。返事の代わりに無言でコーラを飲めば彼はまた笑った。よく笑う人だなと思う。無邪気なくせに、この大人空間に嫌と言うほど溶け込んでいる。一体何者なんだろうか。ただの興味本位で私を選んだのだろうか。よくわからない。甘ったるい炭酸が体中を支配する。

「ね、もっと聞かせてよ」

詰まる距離に眩暈がする。煙草とは違ういい匂いがする。コーラはもう容器に入っていないのに、私は頷いてしまったのだ。彼の忠告をきちんと聞いておけばよかったものの。



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